皆さん、こんにちは。
中井由梨子です。
今日は船橋の書店様を巡り、サイン本を作らせていただきました!
Twitterの発信等を御覧になり、お店に来てくださったり、声をかけてくださった皆様、本当にありがとうございました!まだまだ、多くの方にこの本が届きますように、そして映画が少しでも長く広く上映されますように、このプロダクションノートも続けます!
さて、今日は連載六回目。
市船生が最も苦しい思い出とするミーティングについてです。
台詞にもありましたが「音楽は人間関係だ」という高橋先生の言葉は、どの代の吹部生にも染みついているかと思います。そしてその関係を構築するのは話し合うことでしかできない、と先生は教えます。
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「大義はミーティングではほとんど発言しませんでした」
Aさんはじめ、同期の子はみんな口を揃えて言います。いつも中立でニコニコしていて、いったい何を考えてるのか分からない、でもとにかく優しい。そんな存在だったそうです。
三年間のミーティングを通して、吹部の部員たちは互いに思っていることを表現し、他人を認め、問題点を話し合いによって解決していく忍耐力が備わります。最初の訪問でお会いしたIさんが「現役時代には吊り上がっていた」目が現在のように柔和になったのは、その力がついたからなのかもしれません。Iさんの部活ノートからの言葉です。
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「『音楽は人間関係』。先生の言われたことの意味はこういうことだったんだと分かりました。(中略)なんでもお互いを思って厳しいことを言える。曲はそれからだと思います。誰か一人だけが好きに譜面をいじったり吹き方を変えても皆が同じことをやろうとしないと駄目だと思います。 (Iさん)」
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表面的に仲良くして、互いの深いところまでは関わらず、なんとなく年月を過ごし、卒業したら別れてそれっきり。数多くの高校でそんな人間関係が作られては消えていきます。腹を割らない関係は、その時限りの見せかけの友情です。その経験を書き記した『部活ノート』を引用させていただきます。
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「私はみんなとの関係を壊したくなくて、怖くて言いたいことが言えませんでした。ビクビクしながら部活をしていても信頼なんてできないのに。 (Sさん)」
「同じパートの1年生に自分の嫌なところを言ってもらいました。その子はずっと我慢していて嫌な思いをさせていた自分が情けなくなりました。お互いが我慢し合って過ごすのではなく、すっきりした関係でいたい、そう思いました。 (Iさん)」
「私、今まで自分に甘かったです。すごく日常が変わりました。(中略)言い訳をしないということは自分から逃げないということ。すごく厳しいです。でもこれをいつも続かないのが今までの私です。同じ失敗をしたくない。 (Hさん)」
「どんなにミーティングをしても、その時限りの意志。流されてしまうのも、自分に負け、自分に甘え、自分の意志を簡単に曲げているから。思っているよりも自分は「自分」を知らない。もっと自分と向き合わないといけないと簡単に口で言っても、実際、自分の何も見られていない。自分を知るのをどこかで恐れている自分がいるのかもしれません。だから変われない。そんなことで、ただ「変わる」と言っても、それは自分の本心ではない。人に賛同しているだけ。結局、逃げっぱなしの自分。(Tさん)」
「前回のミーティングで出た言葉。多かったのは「信頼」という言葉。「信頼をつくろう」という意見が多かったです。「信頼をつくる為にはどうしたらいいか」など。でも、「信頼」って口に出して「作ろう、作ろう」と言えば言うほど遠くに行ってしまうというか、「信頼」について話し合ってもできるものではないと思います。これから先、YOSAやコンクールを乗り越えた先に出来上がっていくものであり、焦る必要ないと思います。 (Iさん)」
「人の信頼を簡単に裏切る自分が怖い。私、本当に部活のことどう思っているのでしょうか。私いつからこんな奴になったのでしょうか。いつから人の信頼を裏切る人になった?いつからこんなに自分に甘くなった?いつからひとりぼっちが好きになった?いつのまにか構成されていた私。気付かなかったんです。自分がこんなになっていたことが。これ程情けないことはありません。(中略)こんなに心地の良い場所は他のどこを探しても見つかる気がしません。こんなに信頼されたいって思った人たちはいないからです。もう前の私はいらないです。本当はひとりぼっちなんか好きじゃないです。(中略)またいつボロを出すか分かりません。その時は容赦なく叱ってほしいです。私の心が折れるまで叱って欲しいです。そして、私が前の自分を壊して、新しい私が構成された時、信頼が欲しいです。 (Yさん)」
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『部活ノート』に書かれたミーティングの軌跡を眺めていると、みんな学年問わず、何度も何度も「信頼」という言葉をあげています。信頼とはなんだ、と十代の若者たちが真剣に考え、討論し、行動している。そのことが深く印象に残りました。もしも市船に、この『部活ノート』とミーティングがなければ、大義くんがこの世を去った時に全員が駆けつけることがあっただろうかと私は思いました。百六十四人が起こした奇跡は、高校時代の分厚い日常から積み上げられたものだったと思えるのです。そして我が身を振り返ります。それほどまで真剣に他人と自分に向き合ったことはあっただろうかと。
彼らがこの三年間を経て、社会に出た時にここで培った人間力は、必ず周囲の関係をより良くし、彼らの活動の助けになっているはずです。大義くんの取材を進めながら出会う市船吹部の卒業生たちの謙虚さや丁寧さ、思いやりを目の当たりにするにつけ、私はそう感じています。
話を二度目の訪問時に戻しましょう。ちゃぶ台の前で『部活ノート』を夢中で読んでいた私に、音楽室へ向かおうとした高橋先生が声をかけてくださいました。
「合奏、聴きます?」
先生がふっと腕をふると吹劇『ひこうき雲~生きる~』の序曲が流れ始めました。静かに優しく光りが射すように始まる序曲。次々に楽器が加わり、ブワーっと大きな波のような音が鳴り響きます。切なく儚く甘い「ひこうき雲」のメロディ。私の目の前にはフルートパートで、ダイレクトに音が体中に染み渡ってきます。先生の指揮を見つめる部員一人一人の瞳は真剣そのものです。いい音を出したい、良い演奏にしたい、最高の本番にしたい。全員が一つの目標に向かってベクトルを合わせているのが手に取るように感じられます。
入部してまだ間もない一年生にとって、この深いテーマの吹劇は、かなり高いハードルに違いありません。しかし上級生も下級生も一人一人が物語のパーツとなってよく動いていました。高橋先生は、リハーサルを見ながら隣にいたOBの女性にいろいろと指示を伝えています。
二回の通し稽古でリハーサルは終わりました。その日の練習は終了です。生徒たちは楽器や衣装を片付け、先生に挨拶や連絡をして、次々と帰宅していきました。
一息ついて、先生は「大義のことで聞きたいことがあれば何でも聞いてください」と仰ってくださいました。私は、大義くんの物語を舞台作品にできないかと考えています、とお話しました。すると先生は興味深げに頷かれ、仰いました。
「中井さんは大義のことをとても大事に考えてくださっている」
その言葉を聞いて、とても嬉しく思いました。と同時に、大義くんにもっと近づきたいと思っている自分自身に驚いてもいました。大義くんのことを想像したり、話を聞くだけで心が暖かくなる気がします。私は一度もお会いしたことがないのに、どうしてこんなに親しみが湧くのか不思議です。大義くんの話になると、高橋先生が本当に楽しそうに思い出を話されるせいかもしれません。
「大義は神様になったと思うんですよ」
帰り支度をしながら先生は仰いました。音楽準備室の鍵を閉め、暗い廊下を歩きながら先生と私は大義くんの話をし続けていました。神様になった、と仰る先生に私は大きく頷きました。私をここへ連れてきてくれたのは、大義くんの意志なのかもしれません。人生の折り返し地点に差し掛かかった私に、ふいに表れた二十歳の青年の死は、生きる上で本当に大切なものは何なのか、微笑みながら問いかけてくれているようでした。
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ただいま、大ヒット上映中「20歳のソウル」引き続き劇場でお待ちしております!
※中井由梨子が『20歳のソウル』を書くにあたり取材した記録。当時の様子が鮮明に書かれています。取材ノートのため、『20歳のソウル』に登場する人物以外の実名は伏せてあります。
©2022「20歳のソウル」製作委員会