『20歳のソウル』Production Notes

2022.02.05
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はじめての「市船Soul」

こんにちは、中井由梨子です。

映画『20歳のソウル』ができるまでのエピソードを何回かに分けて語っています。

今日は、とっておきのエピソード。
私がはじめて、大義くんの「市船soul」の楽譜を手にした日のことを、『誰も知らない取材ノート』からの抜粋を交えてお話します。

 

(『誰も知らない取材ノート』連載中 https://note.com/1000000000/m/mfbb49fad947c)

 

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その日は、私は予定通り早めにお暇することにしました。
まだまだお話は尽きませんでしたが、また合宿の邪魔をするわけにはいきません。

「浅野さんにさっそくご連絡します」と頭を下げて立ち上がろうとしましたが、私には、今日こそどうしても先生にお願いしたいことがありました。

「市船soulの楽譜、見せていただけますか」

考えてみれば真っ先にお願いすべきことなのでしょうが、一回目の訪問でも二回目の訪問でも私はそれを切り出しませんでした。

大義くんが先生に差し出した『市船soul』の楽譜は、先生にとって(市船吹部にとっても)宝物のはず。
それを見ず知らずの人間に易々と見せてくれとお願いするのはとても図々しく思えて言い出せずにいました。

先生はそんな私の遠慮を払拭するように「いいですよ」と軽やかに答えて、机から四枚の楽譜を出して私に手渡してくださいました。

 

最上段に『市船soul』とタイトルが入っていて、パートごとに五線譜が分かれています。

手書きではなく作曲用のソフトを使ったのか、パソコンで打ち出されたものでした。
四枚のうちの二枚目と三枚目の繰り返し部分に、黒いマジックで大きく×印がつけられています。
高橋先生が「長い」といってカットした部分です。

話には聞いていましたが、マジックで思いっきりつけられた×印に私はおかしくなって笑ってしまいました。
屈託のない、互いの思惑を出し上えるサバサバとした関係が伺えました。

ちなみに高橋先生は毛筆が得意で、部員に配るプリントや楽譜などにもしばしば毛筆でメッセージを添えたりしています。

大義くんはその先生の字が大好きで、自分も毛筆で書く練習をしていたとか。
そんな先生につけられた大きな×印ですから、大義くんは「ハイ」と言って笑っていたに違いありません。

私も小学生から高校生までピアノを習っていましたので、簡単な楽譜なら読むことができます。
やはり印象に残ったのは冒頭のドラムと太鼓です。
「タカタカタッタ、タカタカタッタ、タカタカタッタ、ドンドンドン」と繰り返される早いテンポのリズム。
このドラムを聴くだけで「市船soul、きた!!」と高揚感が湧くのです。

資料としてコピーを一部いただけないかとお願いすると先生はすぐに用意してくださいました。私は深く感謝してコピーを受け取りました。

「作曲者のところに名前がないぞと言ったら、後で入れときま~すと言ってましたね」

例によって高橋先生は楽しそうに大義くんのことをお話します。いただいた楽譜には名前がないままでした。
先生は、この四枚の楽譜を額に入れて部屋に飾っておくつもりだと仰いました。

私はいただいたコピーを胸に抱え、いつも以上に深々と頭を下げて準備室を出ました。
夕闇の迫る校舎を眺めながら中庭への階段を降りていくと、窓にも廊下にもオレンジ色の光が射して漏れ聞こえる楽器の音がノスタルジーを誘います。

不思議な縁だな、と思いました。

千葉県船橋市。
私にはまったく縁もゆかりもないと思っていた場所。

そこにまるで幼馴染かと錯覚するほど親しみの湧く青年が住んでいた。

彼との出会いは彼の死後。
私は彼自身ではなくその周りの人々から彼自身を知ろうとしている。
でもその旅が、私自身の人生をゆっくり変えていく。

そんな気がしました。

 


写真)音符を描く大義くん。ご友人提供。

 

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明日はふたたび、秋山組での撮影秘話が聞けることでしょう。
どうぞお楽しみに!

©2022「20歳のソウル」製作委員会