こんにちは!
中井由梨子です。
映画の中で、私が一番苦しい想いをしながら描いたシーン。
大義くんが発病し、闘病を続ける映画後半のシーンの数々です。
原作『20歳のソウル』(幻冬舎文庫)/『20歳のソウル~奇跡の告別式、一日だけのブラスバンド~』(小学館)では、この闘病生活を描くことに強い抵抗を覚えていました。
今も残る、お母様の手帳のメモ。
「2015年10月1日 千葉大学医学部附属病院。肺癌と診断される」
この一行を目にしただけで、私の心臓はぐっと音を立ててへこんでしまうような気持ちになります。
どれほど怖かったことか。
大義くんの気持ちを考えるとどうしても現実を直視できませんでした。
ですから、原作では極力闘病の様子を描くことを避けました。
けれど、映画の脚本を書くときに監督が仰いました。
「大義くんが見た闇を描かなければ、彼が見出した光も描くことはできないよ」
以前、このプロダクションノートでも取り上げましたが、高橋克典さんに担当医役をお願いできたことにより、私はかなり救われました。
克典さんのような先生なら、きっと「闘おう」と大義くんも思えたはず。
最後まで共に歩んでくれる担当医の先生を描くことができました。
(ちなみにお母様によると、実際の先生も高橋克典さんとよく似ていらっしゃるようです…!)
数々の闘病シーンの中で、なんといっても重要になるのが医療監修です。
その大切なセクションを担ってくださったのが、以前のプロダクションノートでもご紹介させていただきました、伊勢友加里先生です。
すべての撮影に立ち会い、真摯に監修をしてくださった伊勢先生から、試写のご感想をいただきましたので掲載いたします。
「友人の松田好太郎(「20歳のソウル」制作担当)からのお誘い。
―映画の医療指導をしてくれないかな?
そこから始まりました。
私自身、経験のないことでもあり、自分でいいのかと不安だらけでした。
しかし「20歳のソウル」のストーリーを聞き、何か私にできることがあれば協力したい、そんな気持ちになりました。
みなさまのサポートを受け続け、私にできることをさせていただきました。
しかし、医療従事者として、複雑な心境は正直ずっとありました。
亡くなった息子さんの映画を見て、ご家族はどのような心境なんだろう、、、
作品を見たら辛かった時のこと、絶対思い出すよね、、、
大義くんのお母様とは何度か会わせていただいています。
わたしの不安とは異なり、大義くんのお母様は、
「たくさんの人に、この映画を広めたい!みんなに観ていただきたい!」と話されます。
お母様の想いを感じながら作品を見させていただくと、涙が止まりません。
そんな素晴らしい作品に関わらせていただけた事に深く感謝しています」
伊勢先生も感じてくださった、大義くんのご家族の想い。
この映画は希望の映画です。
見た人に、力と勇気を与えることができる映画です。
この感動を、想いを、日本中の皆さんと共有したい。
4月28日(木)いよいよ完成披露試写会、皆様に御覧いただけることが本当に待ち遠しいです。
たくさんのご応募をお待ちしております!!
©2022「20歳のソウル」製作委員会