『20歳のソウル』Production Notes

2022.06.01
最新情報
「誰も知らない取材ノート ~市船の象徴・斗真に出会うまで~」連載開始
皆さん、こんにちは。
中井由梨子です。

全国公開開始から早一週間が過ぎようとしています。

作品を御覧になった皆様のSNSなどから、「感動した」「泣いた」というお声がたくさん届いていて「生きてるって素晴らしい」といったご感想も見られ、私も胸を熱くしております。

本当にありがとうございます。

[caption id="attachment_1177" align="aligncenter" width="388"] 大ヒット公開中![/caption]

 

さて、これからまだまだ公開は続きます!

それに併せまして、本日からこのプロダクションノートでは、私が取材時に綴った『取材ノート』を連載したいと思います。この取材ノートは実は、『20歳のソウル』の第一稿とも呼べる作品で、大義くんの物語をどのような視点で、構成で書いたら良いか、まだ決めかねていた時に書いたものです。

自分自身の視点から、取材当時に起こった出来事を事細かに、記しています。

 

映画の脚本の中には描かれなかった、ありのままの市船の姿を書いています。さらに映画が面白く御覧いただけるのではないかと思います。

 

また、市船生の象徴として描いた「佐伯斗真」(佐野晶哉さんが演じています)がどのようにして生まれてきたか、市船生や大義くんのお友達との交流も描いていきたいと思います。

 

※※※

 

「どうぞー!」

先生の声が大きく響きました。私は一瞬どきっとしましたが、男子生徒の横から部屋の中に入りました。面食らったのはなんといっても畳とちゃぶ台です。「音楽準備室」という部屋のプレートを再度確認したくなるほどの違和感がそこにありました。ちゃぶ台を囲んで、二人の男性が座っています。手前側に座っている男性はこちらに背を向けて座っているのでお顔が見えません。向かって右手に座っていた男性がこちらを見ています。「あ、高橋先生だ」と思いました。挨拶する前に再び先生の大きな声が響きました。

「どうぞ」

先生は今度は右手で自分の向かい側を指しながら言いました。廊下の隅々にまで聞こえるかと思われるほどの大きな声に、私は一瞬怒られているのかと思って、心臓がすくみました。急いで頭を下げ、挨拶しました。

「初めまして、中井です。あの、突然お邪魔して申し訳ありません…!」

私がごにょごにょと言い終わる前に先生は再び「どうぞ入ってください」とまたも大きな声で促しました。「はい!」と入口でスリッパを脱ぎ、ストッキングの足で畳に上がりました。先生に示された通り、先生の向かい側に正座しました。ちゃぶ台には土産物らしきお菓子やマグカップが置いてありました。

[caption id="attachment_948" align="aligncenter" width="388"] ロケ用に飾られた音楽準備室[/caption]

 

「ちょっと待ってください」

高橋先生は私にそう断ってから、隣の男性と話し始めました。隣にいる男性は、楽器の先生のようです。会話の内容からすると、顧問の先生ではなく、外部からの講師のようでした。生徒一人一人の現在の能力について、先生に話しているようです。先生はその言葉に「うん、うん」と真剣に頷きながら聞いてらっしゃいました。その相槌もいちいち大きかったので、先生の声のボリュームは怒っているわけではなくて地声なんだな、と安心しました。

高橋先生とその講師の方とのお話はまだまだ終わる気配がありません。私はじっと待ちながら、先生の様子を観察するともなく見ていました。実際にお会いする高橋先生は、想像していたよりずっとお若い印象です。髪を短く刈り上げ、身体はがっしりしていて、屈強という表現がふさわしい体型をしてらっしゃいます。声の大きさのせいだけではないと思いますが、只者ではないオーラを発していました。吹奏楽部というより野球部の監督のような印象です。この先生に一体どうやって話を切り出そう…私は待ちながら頭の中でいろいろ考えていましたが、まったくまとまらないままでした。

ふいにドアがノックされ、今度は女子生徒が顔をのぞかせました。緑色の体操服を着ています。さっき出迎えてくれた男子生徒よりも、先生に対する態度が少し堂々としている感じがします。もしかして緑のジャージが3年生なのかな、と思いました。はて、さっきの男子生徒は何色のジャージだっけ…と思い出そうとしていると、ふいに先生が私に問いました。

[caption id="attachment_1032" align="aligncenter" width="388"] 市船の緑ジャ[/caption]

 

「飯、食いました?」

いきなり突拍子もない質問だったので、私はすっかり面食らってしまい、思わず「まだです」と正直に答えてしまいました。実際ここへくるまでの数時間、とても緊張していてご飯を食べられる心境ではなかったのです。が、そう答えた後すぐに反省したのは言うまでもありません。先生はまったく表情を変えずに「じゃあ三つ」と女子生徒に告げて、すぐに講師の先生との話に戻りました。その女子生徒もさっと部室を出ていきました。一体なんだったんだろうと思いながら、再び私は黙って先生たちの会話を聞いていました。再び部屋がノックされ、今度は赤いジャージを着て眼鏡をかけた背の高い女子生徒が入ってきました。手にトランペットを持っています。高橋先生は彼女を見るとすぐに部屋に入るように指示し、床に並べられていたケースの中から新しいトランペットを出させて、彼女に吹くように指示しました。彼女は「はい」と淡々と答えると、手慣れた手つきで楽器を構え、メロディを吹き始めました。

初めて間近で聴く、トランペットの音色でした。

オーケストラのコンサートやミュージカルなどで生の楽器の音を聴くことはありますが、こんなに間近で音が鳴っているのを耳にするのは初めてでした。プワーっという音が胸の奥にまで反響するような心地です。私は単純にその音に感動していました。知らない曲でしたが、情感があって懐かしい感じがする素敵な曲でした。金管楽器のもつ繊細ながら野太い音色は新鮮な感覚でした。大義くんはトロンボーン奏者でした。彼はどんな音色で曲を奏でたんだろう、と思いを馳せました。

高橋とその講師の先生はじっと音に耳を傾けてらっしゃったのですが、彼女が吹き終わると、次に彼女が持っていたトランペットを吹くように言いました。彼女はまた淡々と楽器を持ち替え、吹き始めます。さっきと同じ曲でした。同じですが、さっきの音ほどに軽やかでなく、深いような分厚いような音色がしました。先生はその後も交互に何度か吹かせて、「どっちが吹きやすい?」と聞きました。彼女は「こっちです」と、もともと彼女が手にしていたものを指しました。「分かった、いいよ」先生が言うと、その女子生徒はペコっと一礼して部屋を出ました。その後の高橋先生と講師の会話から、彼女に種類の違うトランペットを吹かせたいのだと分かりました。「生まれながらのラッパ吹き」と先生が彼女を形容しているのが印象に残りました。

どうやらお話は終わった様子で、先生は講師の方に「ありがとうございました」と頭を下げられました。講師の方も一礼しました。ついでに私にも会釈してくださったので、私も慌てて礼を返しました。講師の方が部屋の戸を開けて出ていく時に廊下にいた生徒たちの声がザワザワと聞こえてきました。時刻は八時を過ぎていましたが、まだ残っているのだなと驚きました。

先生は講師の方を見送った後、正面に座っている私に向き直り、こう仰いました。

 

「それで、あなたは何者なんですか」

 

よく通る声がまっすぐ私に向かって飛んできました。しかも「あなたは何者か」というダイレクトな質問。生まれてこのかた、そんな質問をされたことがありません。ですがこの時の私は先生にとってはまさに不審人物であるはずです。それ以外にどんな質問をするのかというくらいに的確すぎて、私は思わず笑ってしまいました。先生の表情は疑心より好奇心が強いように思えました。こんなにストレートに聞かれると、何を取り繕っても無駄に思えました。私は素直に自分の気持ちをお話することにしました。

「大義くんの告別式を見て、凄いと思いました。どうしてあんなことが実現できたんだろうかと…」

まず切り出したのは、そんな内容でした。いきなり本題に入るとは我ながら大胆です。ですが、先生はじっと私の話を聞いてくださいました。朝日新聞にあの告別式の記事が掲載されてから、いくつかのテレビ局が大義くんの話を取り上げたいとお話をもってきたそうです。しかし、先生はすべて取材をお断りしたと仰いました。私が「映画のようだ」と思ったことは、やはり他の方も思っていたようで「ドラマにしたい」というお話が多かったようです。ですが先生は、それらの依頼や取材をすべてお断りしたと仰いました。

「誠意と熱意が感じられなかったからです」

そう先生は仰いました。とてもフランクな方に見えますが、実際は厳しく人や状況を見ていらっしゃると思いました。そして、私にその「誠意と熱意」があるのか、再び自分を振り返ってみました。自分では、よくわかりませんでした。

「(告別式での演奏は)何も特別なことではないんですよ、市船の吹部にとっては。ただ、(先輩・後輩・同期などの)ほぼ百パーセントの人間が集まったというのは、大義の人柄でしょうね」

 

[caption id="attachment_186" align="aligncenter" width="388"] 大義くんの実際の告別式の様子[/caption]

市船にとっては特別なことではない、という言葉が私には意外で、しばらくどういうことなのか考えてしまいました。少なくとも、百六十四人もの人が楽器を持って葬儀場にやってくる姿は当たり前のことではありません。そして、卒業して数年が経つ生徒たちにそれを呼びかけることも、いくら顧問だからとはいえすぐにできることではない気がします。先生は、続けてこう仰いました。

「たとえ(亡くなったのが)大義じゃなくても、(演奏を)やりましたね」

私のそれまでの先入観が覆される言葉でした。私はきっと浅野大義くんだったからこそ、この感動的な吹奏楽での葬儀が可能になったのだと思っていました。だから、そんなふうに送り出される人がどう生きたのかを知りたかったのです。しかし先生は「大義じゃなくても」と仰いました。それは考えてもみませんでした。

再びドアがノックされ「失礼します」と生徒たちが2名ほど入ってきました。皿をのせたトレイを持っています。ちゃぶ台に皿とお茶を並べてくれました。

「どうぞ」

先生に勧められるまま、私も皿を受け取りました。プラスチック製の底の深い皿に、肉を卵でとじた丼が持ってあります。皿はまだ温かでした。さっき、「飯は」と聞かれた理由がやっと分かりました。分かりましたが、急に温かなご飯が出てきたことのほうがびっくりしました。

「今、合宿中なんですよ」

高橋先生は、皿に箸をつけながら仰いました。合宿と聞いてびっくりしました。午後八時を過ぎても部員の皆さんがいっこうに帰ろうとしていなかった理由が分かりました。まさか合宿中にお邪魔してしまうとは、と再び私は恐縮しましたが、先生は「かまいませんよ」と仰ってくださいました。ジャージでの練習といい、合宿といい、高橋先生の風貌といい、ますます運動部のようだな…と思いました。先生に促されて、私もご飯を頂きました。そのご飯は、役員の皆さん(部員の保護者の方々で構成される)が作ってくださったものだそうです。

卵とじ丼をすべて平らげると、先生は「全部食べられたんですか、大丈夫ですか!?」と笑って仰いました。私は、出されたものは残さない精神で食べたのですが、確かに量が多く満腹でした。お茶をいただきながらお礼を言うと、先生は仰いました。

「中井さんには、大義のことお話します」

[caption id="attachment_779" align="aligncenter" width="388"] 大義くんが振った初代の大旗[/caption]

 

※※※

 

明日は、斗真役のモデルとなったIさんとの出会いの記録を掲載いたします。

ただいま、大ヒット上映中「20歳のソウル」

引き続き劇場でお待ちしております!

 

 

 

 

※『誰も知らない取材ノート』

中井中井由梨子が『20歳のソウル』を書くにあたり取材した記録。当時の様子が鮮明に書かれています。取材ノートのため、『20歳のソウル』に登場する人物以外の実名は伏せてあります。

 

 

 

 

©2022「20歳のソウル」製作委員会