『20歳のソウル』Production Notes

2022.08.04
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皆さん、こんにちは。

中井由梨子です。

本日、8月4日にとうとう千葉の劇場様での上映も最終となってしまうそうです…!

寂しい……。

たくさんの劇場様、2か月半に及ぶ上映を本当にありがとうございました。

 

入れ替わるように市船野球部が晴れの舞台へと登場します!

昨日、抽選会が行われ、市船の初戦が決まりました。

8月8日15時30分、沖縄の興南高校との対戦となります。もちろん、私も甲子園に足を運びます!甲子園のある西宮市は、私の地元、神戸と近いので、里帰りも兼ねていきたいと思います!

 

 

「斗真の物語」の第五話も更新いたしました☆

 

大義とは対照的な性格の斗真。

彼の目を通した、違う側面の「20歳のソウル」を楽しんでいただけたら嬉しいです。

 

引き続き映画「20歳のソウル」をどうぞよろしくお願いします。

顔晴れ、市船!

 

2022.07.31
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皆さん、こんにちは。

中井由梨子です。

10週間も上映を続けてくださった大阪のTOHOシネマズ梅田様など、多くの劇場様も上映を終えていますが、また新たに始まったり、続けてくださっているところもたくさんあります!市船野球部が甲子園を決めて、改めてイチフナの魅力を知ってくださった方々のために、まだまだたくさんの方の心に大義くんを届けていきたい…!

これからも「20歳のソウル」チーム、前進を続けます。

このプロダクションノートも本日で終了予定だったのですが、市船が甲子園に出場を決めたことで終わってはいられない!と思い、可能な限り、甲子園レポートも含めて更新していきたいと思います☆

しかし今日をひとつの区切りとして、これまで大義くんプロジェクトを率いてこられた秋山純監督について、お話させてください。

すでに数々のインタビューでもお答えしていますが、この5年間の始まりの日、最初に大義くんと出会ったのは私ではなく、秋山監督です。朝日新聞の岩崎記者が書いた「窓」という記事の中の告別式の動画を私に送って来られたことがきっかけでした。

秋山監督は、某テレビ局に33年勤務し、スポーツ、ドキュメント、ドラマと数々の現場を渡り歩いてこられ、その経歴は実に華々しいです。中でも高校野球番組のプロデューサーとして、球児たちを見つめ続けた経験は秋山監督の今を形作る重要な一部になっている気がします。多くのスポーツ、特に野球にはとても精通していて、ゲーム流れの予想が怖いくらいに当たります(笑)

「20歳のソウル」の野球シーンがあんなにも臨場感たっぷりに仕上がっているのは、この監督の野球愛に拠るものだと私は考えています。

 

これは中井の主観ですが、秋山監督は非常に頭の回転が速く、IQの高い方(笑)。

速読術に長けており、一日に3冊の文庫本を平気で読み切ってしまったり。数々のテレビドラマ、映画を集中的に何十本も観たり。(好きな監督はタランティーノだそう)

とにかく勉強熱心で情報収集の上手い方です。

 

秋山監督の現場は、何度か助監督としても入らせていただいたことがあり、撮影方法を間近で見てきました。「撮るスピードが速い」と皆が言いますし、実際本当に速くて、次々にシーンを撮影していきますので、一日に何十シーンも撮影することが多々あります。

(これまでの最高記録は一日に37シーン撮影でした。※映画「朝陽が昇るまで待って」)

 

当然、ついていくスタッフたちはフル回転です。

まだ次のシーンの用意ができていないのに、撮影クルーたちが到着してしまう。常に時間との闘い。けれど、雑なものを出すわけにはいかない。だから足りない部分は他のセクションのスタッフが補い間に合わせる。そうやって秋山組は常に全員野球で撮影に挑んできました。

 

どうしてこんなに速いんだろう?また、速く撮らなければならないんだろう?私は傍で見つめながらずっと答えを探しつづけていました。

 

いくつかのアンサーが見つかりました。

 

「演じるな、存在せよ」をモットーとする秋山監督にとって、俳優さんのお芝居の鮮度はとても重要です。ですから、殆どと言って良いほど1テイク目を採用し、何度も繰り返して同じシーンを撮影することはあまりありません。俳優という職業を信頼し、作家・脚本家という仕事をリスペクトしている。だから現場で長々と話し合ったり、本を修正したりすることもめったにありません。それらはすべて撮影前に済ませてくる、というのが監督の信条です。

二つ目は、天気や空の色の保存。

うつろう自然光、一瞬しか現れない景色を捉えること。「晴れの日には晴れの絵を、雨の日には雨の絵を」というポリシーのもと、自然に逆らわない撮影を行うためにはスピードは欠かせません。CG技術に頼れば人工で美しい風景は作れますが、莫大な予算と時間も要しますし、自然が作り出す芸術をカメラに収めてスクリーンに広げて感動を伝えたい。そういう想いがあります。

 

さらに三つ目。これは意外かと思われるかもしれませんが、「予算」です。秋山監督はクリエイターの面も持ちつつ、実はプロデューサーとしてのキャリアも分厚く、頭の中が常に数字で溢れているような人。もともと数学博士と揶揄されたほどの理数系で、演出もすべて物理学で行っている、といつも仰います。つまり、「時は金なり」。時間をかければその分予算も膨れ上がっていく。特に「20歳のソウル」の撮影時は、コロナ旋風の中、緊急事態宣言が何度も発令されていた頃です。撮影がストップしてしまえば、その分費用も膨らみ、仕上がらない事態も招きかねません。

 

監督にとって「時間」との闘いは、作品生命との闘いでもあるのです。

 

以前、秋山監督がSNSなどでお配りしていた「演出ノート」をお読みになった方ならお分かりかもしれませんが、この「20歳のソウル」は時間の描き方がひとつの大きな主題となっています。時間の流れ、速さは主観的なものであって決して絶対的ではない、という視点。監督によって仕掛けられた数々のトリックによって、私達は大義くんの人生に没入し、また自分の人生と照らし合わせて涙することができるのかもしれません。

そんな秋山監督の芸術性、人間性に惹かれて集まってくださった豪華なキャストの皆様と、

ハイレベルな技術を持つ撮影スタッフ。そして「20歳のソウル」に想いを寄せてくださる、皆様に出会えたことは、私にとっても、きっと大義くんにとっても大きな宝物な気がします。

 

「20歳のソウル」は、これから次のステージへと向かいます。

私もプロダクションノートはいったん筆を置き、深呼吸して、大義くんと一緒に新しい道のりを歩いていきたいと思います。

 

原作をお読みでない方にはぜひ一度手にとっていただきたいですし、「斗真の物語」の世界も広げていきます。これからもどうぞよろしくお願いします!

 

 

皆様、映画と共に、このノートを愛してくださり、本当にありがとうございます。

秋山純

宮下涼太

中井由梨子

 

 

ただいま、絶賛上映中「20歳のソウル」引き続きお待ちしております!

どうぞ劇場へ足をお運びください!

 

2022.07.28
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皆さん、こんにちは。

中井由梨子です。

 

昨日27日、千葉ZOZOマリンスタジアムにて高校野球千葉大会決勝が行われました。

 

 

市立船橋 対 木更津総合

 

26日の因縁対決の日、雨と風が吹き荒れ、10時開始から1時間、2時間…と待って、結果は順延。スタンドで待ち続けた私たちも「え~!」と声を上げましたが、両校の選手たちは粛々と今日のために準備をし、快晴の空の下、決勝が行われました。

 

結果は、もう皆様もよくご存知かと思います。

 

市立船橋高校野球部が、15年ぶりの甲子園出場を決めました!!!

 

 

素晴らしいです。

まさか、映画公開の年に、甲子園に行けるなんて。

当初「そうなったら凄いね」と冗談まじりに話していたことが、まさか現実となるなんて。

市船soulの音色が響き渡るたびに得点が入り、終始鳥肌が立っていました。

 

私が2017年に取材を始めた時、市船は準々決勝で木更津総合高校とあたり、7回コールドで敗退しました。その時の、野球部、吹部、ダンス部の呆然とした表情、涙、肩を落として帰る姿が忘れられません。

木更津総合は、言わずと知れた強豪校。昨日の試合も、得点されてもすぐに必ず巻き返し、常にプレッシャーのかかる、圧巻の試合展開でした。

木更津総合高校野球部の皆様の想い、ナイスプレーに力一杯の拍手を送ります。

 

けれど…今年は。

市船soulを甲子園で聞きたかった。

 

本当に、本当におめでとうございます!!!

 

スタンドには、浅野大義くんのお母様、桂子さんとおじい様の忠義さん、妹の千鶴さん、元恋人だった愛来さん、そして高橋健一先生もいらしていました。

大義くんのお母様は、「声が出せないから」と市船soulの掛け声団扇を手作りしての参戦!凄いです。

映画の中で、尾野真千子さんが演じたお母様の応援のシーンで、市船soulに合わせて踊りながら声援を送るところがあり、「本当にあんなに凄い応援するんですか?」と聞かれたこともあるのですが、桂子さんは本当に、あそこまでやります(笑)昨日も炎天下の中、ずっと踊りまくっていらして、私のほうがギブアップするほどでした……。

 

妹の千鶴さんは、大義くんのトロンボーン「ロナウド」をスタンドに連れてきていました。

そのロナウドを、大義くんの後輩であり、今は副顧問の中島咲紀先生が8回表、2アウトから吹くことになり、その光景を目にした私はグッと胸に迫るものがありました。

 

ロナウドの音色が、6年ぶりにスタンドに響きました。

 

映画を飛び越えて、現実にこれほどのドラマを作ってしまう市船と、大義くん。

このドラマがどこまで続くのか、私もまだまだ追いかけていきたいと思います!

 

次は甲子園です!!!

 

 

そして、毎週発信しているスピンオフ「斗真の物語」④も更新いたしました。

 

『20歳のソウル』第一稿をもとにした佐伯斗真のスピンオフで、映画用に作った斗真の裏設定を元に描いたストーリーですので、こちらの小説に登場する人物・エピソードは、中井由梨子が創作した架空の人物・物語であり、実在の人物、市船とは全く関係のないフィクションです。

 

最近は、大義くんなのか神尾楓珠さんなのか、斗真なのか佐野晶哉さんなのか、どちらか分からないくらいに混ざった人物としてインスピレーションをもらって、楽しんで書いています。皆様にも楽しんでいただけたら幸いです。そして、甲子園へ向かう夏、まだまだ映画の上映は続きます。

 

どうぞ劇場へ足をお運びください!

ただいま、絶賛上映中「20歳のソウル」引き続き劇場でお待ちしております!

 

 

2022.07.25
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皆さん、こんにちは。

中井由梨子です。

昨日24日、千葉ZOZOマリンスタジアムにて(映画の撮影が行われた茜浜の近くです!)高校野球千葉大会準決勝が行われました。

 

市立船橋 対 拓大紅陵

 

秋山純監督、制作担当だった俳優の松谷鷹也と共に、私もスタンドで応援しました。日曜日ということもあって、入場まで30分という長蛇の列!なんとか試合開始に間に合いました。もちろん、私は市船に全力応援だったのですが、拓大紅陵も、本当に強くて良いチーム!吹奏楽部をはじめとする応援席の迫力。

3時間以上の接戦が繰り広げられました!

 

大義くんと一緒に祈って、喜んで、ドキドキして、手に汗握って…の3時間。

暑さより心の緊張のほうが勝っていて、試合終了間際の抜きつ抜かれつの攻防は本当に興奮しました。

両校、素晴らしいプレー。

そして、鳴り響く市船のチャンステーマ。

6年前の準決勝、手術後の大義くんがトロンボーンを携え、市船のジャージを来て応援に参加し、力一杯吹いた「市船soul」。その時も選手たちの背中を押した音色は決して色褪せることなく、私達の心を揺さぶり続けてくれました。

市船soulで逆転!(市船SOUL’s【公式】Twitterより動画見れます!ここをクリック)

結果は、市船の勝利。決勝進出となりました!

おめでとう、市船。

拓大紅陵の野球部の皆さん、素晴らしい演奏でスタジアムを湧かせた吹奏楽部の皆さん、応援団の皆さん。ナイスゲームでした。本当に、凄かった。

 

いよいよ甲子園まであと一つ。

 

 

 

決勝は、7月26日火曜日。ZOZOマリンスタジアムにて行われます。

 

 

なんと。

 

 

6年前の7月26日火曜日。

 

ZOZOマリンスタジアムにて、決勝戦が行われました。

 

市立船橋 対 木更津総合

 

この試合に、大義くんはやってきてトロンボーンを演奏しました。

生前の大義くんにとって最後の「市船soul」の演奏でした。

 

今年、まったく同じ日に、同じ場所で、同じカードで。

しかも、同じ赤ジャの代。

 

6年前のリベンジをかけて。

今年こそ。甲子園へ行こう、大義くん!

皆さん、どうか一緒に応援してください。

 

ただいま、絶賛上映中「20歳のソウル」引き続き劇場でお待ちしております!

 

2022.07.21
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皆さん、こんにちは。

中井由梨子です。

 

金曜日からは9週目!

本日、市船野球部も第5試合です!少しでも長く「市船soul」が流れ続けて欲しい夏。顔晴れ、市船!!

 

現在、公開中の映画館は下記です。(秋山純監督のblogから情報拝借させていただきます)

 

TOHOシネマズ梅田

TOHOシネマズららぽーと船橋

TOHOシネマズ八千代緑が丘

TOHOシネマズ流山おおたかの森

TOHOシネマズ市川コルトンプラザ

TOHOシネマズ市原

USシネマ千葉ニュータウン

別府ブルーバード劇場

函館シネマアイリス

ムービーオンやまがた

 

東京都 cinema neco

神奈川県 あつぎのえいがかん Kiki

長野県 飯田トキワ劇場

愛知県 刈谷日劇

熊本県 本渡第一映劇

大分県 玉津東天紅

 

また、海外映画祭への出品・ノミネートも始まっています!

 

第18回済川国際音楽&映画祭 – インターナショナルコンペティション 2022 – アジア映画祭 (asianfilmfestivals.com)

 

 

さて、先週連載を始めた「斗真の物語」。

映画の脚本の裏設定の部分を中心に、小説として書き下ろしています。第三回目を更新しました。ご興味のある方、ぜひご一読ください!

 

こちらはあくまで映画の設定上創作した、完全なるフィクションです。

こちらの小説に登場する人物・エピソードは、中井由梨子が創作した架空の人物・物語であり、実在の人物、市船とは全く関係はありません。

ですので、この公式プロダクションノートではなく、中井個人のnoteにてお楽しみいただければと思います。

 

もう一つの「20歳のソウル」~斗真の物語~③|モザイク東京 mosaique-Tokyo|note

 

まもなく、この公式プロダクションノートも終了となります。

長い間、皆様に読んでいただけて本当にありがとうございました。

最近見つけてくださった方、ぜひアーカイブ遡って読んでいただければ嬉しいです!

ただいま、絶賛上映中「20歳のソウル」引き続き劇場でお待ちしております!

 

2022.07.14
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皆さん、こんにちは。

中井由梨子です。

 

5月27日の公開以来、ずっと上映を続けてくださったTOHOシネマズ日本橋様、渋谷HUMAXシネマ様がいよいよ本日で上映終了となります!7週間、本当にありがとうございました!

8週目に突入!の映画館は下記です。(秋山純監督のblogから情報拝借させていただきます)

TOHOシネマズ梅田

TOHOシネマズららぽーと船橋

TOHOシネマズ八千代緑が丘

TOHOシネマズ流山おおたかの森

TOHOシネマズ市川コルトンプラザ

TOHOシネマズ市原

USシネマ千葉ニュータウン

新たにスタートしている映画館は、

別府ブルーバード劇場

函館シネマアイリス

ムービーオンやまがた

東京都 cinema neco

神奈川県 あつぎのえいがかん Kiki

長野県 飯田トキワ劇場

愛知県 刈谷日劇

熊本県 本渡第一映劇

大分県 玉津東天紅

 

たくさんの劇場様で上映いただけること、ほんとうに嬉しいです!大義くんの旅はまだまだ続きます!どうぞ皆様、何度でも劇場へお越しください!

甲子園夏の大会も始まっています!初戦を突破した市船野球部。スタンドでは「市船soul」が鳴り響きましたね!御覧になった方は、映画は、本物の応援そのままだということがお分かりになるはずです。本日14日、三回戦を迎えます。顔晴れ、市船!

 

さて、先週連載を始めた「斗真の物語」。映画の脚本の裏設定の部分を中心に、小説として書き下ろしています。第二回目を更新しました。ご興味のある方、ぜひご一読ください!

 

もうひとつの「20歳のソウル」~斗真の物語~②|モザイク東京 mosaique-Tokyo|note

 

こちらはあくまで映画の設定上創作した、完全なるフィクションです。こちらの小説に登場する人物・エピソードは、中井由梨子が創作した架空の人物・物語であり、実在の人物、市船とは全く関係はありません。ですので、この公式プロダクションノートではなく、中井個人のnoteにてお楽しみいただければと思います。

 

まもなく、この公式プロダクションノートも終了となります。

長い間、皆様に読んでいただけて本当にありがとうございました。

最近見つけてくださった方、ぜひアーカイブ遡って読んでいただければ嬉しいです!

 

ただいま、絶賛上映中「20歳のソウル」引き続き劇場でお待ちしております!

 

2022.07.07
最新情報

皆さん、こんにちは。

中井由梨子です。

公開から7週目となりました。現在、下記の劇場様が上映してくださっています!また、別府ブルーバード劇場では、7月9日18時10分~、7月10日10時30分~の2回にわたり、秋山純監督が舞台挨拶を行います!近隣の方、ぜひこの貴重な機会をお見逃しなく!

秋山純監督のblogから情報拝借させていただきます。

 

(東京)

渋谷ヒューマックスシネマ

TOHOシネマズ日本橋

(大阪)

TOHOシネマズ梅田

(千葉)

TOHOシネマズららぽーと船橋

TOHOシネマズ八千代緑が丘

TOHOシネマズ流山おおたかの森

TOHOシネマズ柏

TOHOシネマズ市川コルトンプラザ

TOHOシネマズ市原

イオンシネマ市川妙典

USシネマ木更津

USシネマ千葉ニュータウン

(鳥取)

倉吉シネマエポック

 

ありがとうございます!まだまだ大義くんを皆さんに知っていただく機会を続けてくださっていることにただ、ただ感謝…!そして新たに上映が始まる劇場様は下記です。

 

(北海道)

シネマアイリス 7月8日~

(山形県)

MOVIE  ON 山形 7月8日~

(熊本県)

本渡第一映劇  8月20日~

(大分県)

別府ブルーバード劇場 7月8日~

※秋山純監督の舞台挨拶があります!!

(愛知県)

刈谷日劇 7月22日~

 

さて、いよいよ甲子園夏の大会の季節がやってきました。市船野球部の第一試合は7月12日!この映画立ち上げ当初からの願い「スタンドでもスクリーンでも市船soul」という夢を実現してくださったことに感謝して、この映画のサイドストーリーとして作っていた、佐伯斗真の物語を綴っていきたいと思っています。

映画を御覧になった方ならお分かりかと思いますが、斗真(佐野晶哉さん)は中井の創作した登場人物で、そのモデルとなった方は複数いらっしゃいます。その存在を映画の中に表現するにあたり、自分なりに裏設定をたくさん考えていました。実は映画の脚本の第一稿は、その裏設定もすべて描いていたため、なんと総尺4時間越えの長大作に!?(笑)

「いくらなんでも長すぎる」と秋山監督から指摘され、少しずつシェイプアップしていきました。

今回は、その裏設定の部分を中心に、小説として書き下ろしていけたらと思っています。ただし、こちらはあくまで映画の設定上創作した、完全なるフィクションです。こちらの小説に登場する人物・エピソードは、中井由梨子が創作した架空の人物・物語であり、実在の人物、市船とは全く関係はありません。

ですので、この公式プロダクションノートではなく、中井個人のnoteにてお楽しみいただければと思います。

「もう一つの20歳のソウル」① note

 

まもなく、この公式プロダクションノートも終了となります。長い間、皆様に読んでいただけて本当にありがとうございました。最近見つけてくださった方、ぜひアーカイブ遡って読んでいただければ嬉しいです。

ただいま、絶賛上映中「20歳のソウル」引き続き劇場でお待ちしております!

 

2022.07.02
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皆さん、こんにちは。

中井由梨子です。

 

7月。全国公開から6週目を迎えますが、まだ多くの劇場様が上映を続けてくださっています!いよいよ今月は夏の選抜甲子園の予選が始まります。『市船soul』がスタンドに鳴り響く夏。この猛暑が少し心配ではありますが、私も聴きに行きたいと思っています!

さて、プロダクションノートも、もう少し続きます!

今日は佐伯斗真(佐野晶哉さん)のモデルとなったIさん、田崎洋一(若林慈英さん)のモデルとなったTさんへ取材をした2017年の冬の記録です。

 

※※※

「兄弟姉妹が一気に三十人できた感覚です」

Iさんは言います。近ければ近いほど、摩擦も起きやすくなっていきます。その度にミーティングを重ね、嫌な自分と向き合う日々。「正直きつかったです」と苦笑いします。

朝七時頃からは朝練といって、基本的に自主練習の時間です。しかし帰宅するのが遅いので朝に練習するというのはなかなか難しかったとか。一度、演奏会前に男声コーラスの練習を朝やろうとした時もありましたが、毎日誰かが欠けている。全員揃ったためしがないとTさんも笑います。今思えば、渦中の時には苦しいことのほうが多かった部活ですが、終わってみるとやはり市船でなければできない経験をたくさんさせてもらえた、やってよかったという気持ちのほうが大きいといいます。今では考えられないけれど、あんなに音楽に没頭した(させてもらった)時間はないんじゃないかと。

 

高橋先生は、赤ジャの男部は問題児揃いと仰っていますが、具体的にどういう感じだったのかと聞きますと、「とにかくやる気がなかった」「反抗していた」という答え。それもそのはずで、そもそも楽器がやりたくて入った吹奏楽部だというのに、市船は「歌って踊れる吹奏楽部」。部活ノート、ミーティング、YOSAKOI、吹劇…。「正直、来る場所を間違えたと最初の一年間は本気で思っていました」とIさん。そんな反発から、楽器を演奏する以外のやるべきことがあまりにもたくさんあってそれらが納得できない時には「くだらない」「やりたくない」と態度に表す。言葉に出して反抗する。先輩の作った楽譜が間違っていた場合には「これちょっとおかしくないですか」と指摘…確かに、先輩からすれば生意気と捉えられることでしょう。その度に先輩は嫌な顔をし、先生からは叱られる、だから余計に反発する…その悪循環を繰り返していたそうです。市船は先輩と後輩の上下関係が厳しくありません。むしろ先輩のほうが謙虚だったりします。その環境も反抗に拍車をかけたところもあったそうです。

ただし、大義くんは別でした。前述のように大義くんにとって高橋先生は「雲の上の人」だったわけで、反抗などとんでもなく、一風変わったイベントや練習にもヘラっと笑いながら対応していた様子が想像できます。

大義くんは、後輩たちから本当に慕われていました。カリスマ性もあった、とIさんもTさんも言います。(それがただのカッコつけだと同期たちは見抜いてしまう時もあったようですが)いい意味でも悪い意味でも、自分の色が強い人だったという印象だそうです。

Iさんは同じ作曲をやっているせいか、少しライバル心のような、そこはかとない距離をおいて接することのほうが多かったそうです。とはいえ、「同じ釜の飯を食う」仲の男部は基本的にいつもふざけ合っていたとか。大義くんはいつも目新しい物をよく持っていたといいます。新しいデザインのスニーカーやサングラスもなぜか持っていたし、iPhoneをいち早く買ったのも大義くんでした。特注で作った『市船吹奏楽部』の文字が入ったiPhoneケースをしていて「一体あれはどこで手に入れたんだ」というものばかり。

お二人から見れば大義くんはすこしちゃっかり者でした。ある時は、マーチングの練習で、大義くんは「腰が痛い」と言って練習を抜けて休んだことがありました。その後、今度はYOSAKOIの練習をすることになった時、旗手の大義くんが休んでいるのでどうしたらいいかと話をしているとひょっこり部室から出てきて嬉々として旗を振っていたそうです。先生から怒られたり「下手」と言われてもどこかケロっとしていて、激しく落ち込んだり悔しがったりするところを見せなかった大義くんですが、一度だけ、落ち込んだところを見たことがあるとIさんは教えてくださいました。

「一年生の定期演奏会で、大義は歌のパートを任されていました。そこはとても目立つポジションで、誰もがなりたいと思う役。一年生で抜擢されて誇らしかったと思うんですが、しかし本番直前に交代させられちゃったんです。本番の日、舞台裏でうなだれて座っているところを見かけた時、辛いだろうな…て思いましたね。でも落ち込んでいるところを見たのはその時だけかもしれない」

 

お話しているうちに、次から次へと思い出が湧いてくるのか「あんなこともあった」「こんなこともあった」と話題が尽きません。お二人に『市船soul』について聞いてみると、「あれは凄くいいと思う」と口を揃えます。しかし、実際に大義くんに声をかけたことはありませんでした。自分たちよりも運動部や野球ファンや、他の周りの人々のほうが評価が高かったので、わざわざ自分たちが褒めなくてもいいと思えたと仰っていますが、やはり仲間同士の照れもあったのでしょうか。Iさんは今振り返ってこう話してくださいました。

「かっこいい曲。ソウルは憶えやすいんですよ。全然難しくない。それが最高だと思う。

これは大義の完全オリジナルだし、良いと思います」

Tさんもその意見に同調していました。

「あれは大義っぽいって言う感じもあるし、クオリティとしても高いから、伝統として吹き続けられると思う。正直「こんなの作れるんだ!」って感心しましたよ。大義が作ったものの中ですごく成功したものだと思う」

 

お二人とのお話も、長時間に及びました。私は、そんなお二人に聞いてみたいことがありました。今、大義くんの死をどう捉えているか、ということです。彼の死によって、自分の中で変わったことはないかと。お二人はしばらく沈黙しています。やがてTさんが言葉をゆっくり選ぶように話し始めました。

「この年でも死ぬ人っているんだなって改めて実感しました。ありふれてるけど、いざ親しい人だとその大きさを感じます。今、自分の人生を振り返ることはないですが、ずっと感じていることは、みんないつ死ぬか分からない、だったらいろんなことをやろうっていうこと。寿命や運命は決まっているものかもしれない。その決まっていることの中で、いろんな人のために役に立つことをしようと思いました。同世代で知っている人が死ぬってことはそういうものなんだと思いました。自分の命を他の人のために使わないといけない。自分にしかできないことをやろうと」

私は、「自分の命を他の人のために…」と言ったTさんの言葉が印象的でした。なぜそう思うのかとさらに問いますと、こう応えてくださいました。

「自分のためだけなら結局は自己満足です。結局、満たされない。大義が一貫してやろうとしていたことは、誰かのために曲を作ることだったから。俺も、誰かの心の中に残ることができたらいいなと思います」

私は頷きました。Iさんもその言葉をじっと聞いていて、そしてご自分の気持ちを語ってくださいました。

「いま、日常生活で深く思い出すことはないんです。でも、(作曲や編曲の)仕事が忙しすぎて、誰かに助けて欲しいと思う時、ふと大義のことを思い出します。大義がいたら頼めたんじゃないか、助けてくれと。一生忘れないです。自分だっていつかは死ぬんだし、死んだ時にまた会えたらと思いますよ」

Iさんは続けて仰いました。

「大義が亡くなったことで、とにかく誰にたいしても優しくしようと思いました。「なんであんなこと言ったんだ…」と思いたくない。今、実は思うんです。「もっと大義にしてあげられることがあったんじゃないか」とか、一言「あの曲良かったよ」と言ってあげればよかったとか…。だから、明日死んでも後悔しない立ち振る舞いをしないといけないと思います。取り返しのつかないことが、なるべくないようにしたいです。言葉も音楽と一緒で、一度音を出したらそれは取り消せない。

大義は人に優しかったです。こんな自分にも、いつも優しくしてくれてました。だから高校時代も上手く言ってたんだと思います。大義は寛容だったと思います。これも自分が死んだあとに、会ったら言いますが」

 

 

 

※※※

 

ただいま、絶賛上映中「20歳のソウル」引き続き劇場でお待ちしております!

 

※中井由梨子が『20歳のソウル』を書くにあたり取材した記録です。当時の様子が鮮明に書かれています。取材ノートのため、『20歳のソウル』に登場する人物以外の実名は伏せてあります。

 

2022.06.24
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皆さん、こんにちは。

中井由梨子です。

 

昨夜は、前夜祭の行われた思い出のTOHOシネマズ日比谷でラストソウルを見届けてきました!たくさんのお客様が来てくださっていました。本当に嬉しかったですし、とても美しい映画館で4週間もかけていただいことに心から感謝します。ありがとうございました!そして、まだ上映は続きます!都内でも数か所の劇場様が上映を続けてくださいますので、まだまだ「20歳のソウル」「おかわりソウル」お願いします。

『誰も知らない取材ノート』の告別式の章、最後の部分です。原作にも映画にも描かれなかった、それぞれの「それから」の時間。ぜひ、共有してください。

 

※※※

すべてが終わった後、ユナさんは号泣しました。思う存分泣きました。忠義さんの配慮で、市船生たちのために会食室で食事がふるまわれました。市船生たちは言葉少なのまま、涙の残ったまま、食事をしました。高橋先生は大義くんの車を見届けると、すぐに学校へと帰っていきました。「それじゃ」と何かを振り切るように手をあげて。

それから、164人の吹奏楽生たちは自分たちの日常へ、人生へと戻っていきました。

Aさんは、今でも緊張する場面になると、空を見上げるそうです。そこに太陽が輝いているのを見ると「大義が見守ってくれている」と安心する、と話してくれました。

ユナさんは、ふと大義くんのLINEを見返し、LINEの電話マークを押しそうになります。卒業後も「ユナ~、あのさ~」と電話してきては恋愛相談をしてきた大義くん。反対に何か困ったことがあると「大義~」と連絡すると必ず「何?」とすぐに返事を返してきてくれたことを思い出します。大義がいない、ということが、時折とても寂しくなるときがあります。

Yさんは、大義くんが最後の入院をする前、「渋谷まで車でドライブしない?」と言われたことを時折思い出します。その時「いいよ」と言いながら、途中で車を出すのが面倒になり結局ドライブはやめて地元で食事をしました。しかし、それが元気だった大義くんとの最後の思い出となりました。たったそれだけのことが、今もずっと心にひっかかっています。あの時。なぜ車を出すくらいしてやれなかったんだろう。どうして面倒になったんだろう。だから、今は目の前にいる人を大切にしたい、そう思っています。

Nさんは、ここぞという場面では、大義くんといつも本番前にやっていたおまじないを思い出します。拳で心臓をトン!と叩く気合入れ。演奏中で間違ったら、チラッと自分を見て「間違ったな?」と合図を送ってきた大義くん。今も力が欲しい時、自分で自分の心臓をトン!と叩きます。間違ったらまた大義くんに「おい」って言われてしまうから、と。

 

Iさんは、大義くんの戒名が素晴らしいと思いました。

「大奏院響応日義信士」

大、奏、響。この名前なら、どこの世界に生まれ変わっても音楽をやる人だとすぐ分かる、だからどこの世界にいっても彼なら大丈夫。そう思っています。

 

Sさんは、満月を見ると大義くんを思い出します。大義くんが亡くなった日、きれいな満月を見上げていたから。今でも時々月を見上げると大義くんを思い出します。見守ってくれていると感じます。「頑張れよ」と言われている気がします。

 

高橋先生は、忠義さんが作った『市船soul 大義』という文字が入ったオリジナルのタオルを大事に持っています。コンクールのステージで、先生はそのタオルを譜面台に置きました。「大義、頼むな」と心で念じました。指揮棒をふり、演奏が始まりました。その瞬間、先生は、大義くんの姿をはっきりと見ました。彼は三年生の時、いつも一番後列の真ん中の席にいました。その場所に、はっきりと大義くんの姿が見えたのです。みんなと一緒にトロンボーンを吹いていました。先生は胸が熱くなりました。

 

葬儀を担当した木村さんは、全力で大義くんの葬儀を終えて、明らかに自分の価値観が変わっているのが分かりました。「絶対無理だ」と思っていた164人での演奏は、見事に成功しました。全てが終わり、時計を見ると予定の時刻通り。高橋先生をはじめ、吹奏楽生たちがこの演奏の目的を誰一人勘違いすることなく、規律のとれた行動をした結果でした。木村さんはそれまで、自分の仕事のモットーを「リスクを最小限におさえて円滑におさめる」ことだと信じていました。失敗すると取り返しがつかないことだからです。しかし、大義くんの告別式を経て、モットーは「最大限のリスクを冒しても、人の心に寄り添う」ことに変わりました。たった一度の葬儀だからこそ、取り返しがつかないからこそ、全力で人の想いに応えることが、自分の役目だと実感したのだといいます。

「五十を過ぎて、二十歳の若者に教えられました」

 

そう言った木村さんの笑顔を見て、私は高橋先生の言葉を借りて、心の中で大義くんに言いました。

大義。

大きい男だ、君は。

 

 

 

 

※※※

 

ただいま、絶賛上映中「20歳のソウル」引き続き劇場でお待ちしております!

 

※中井由梨子が『20歳のソウル』を書くにあたり取材した記録です。当時の様子が鮮明に書かれています。取材ノートのため、『20歳のソウル』に登場する人物以外の実名は伏せてあります。

 

2022.06.23
最新情報

皆さん、こんにちは。

中井由梨子です。

 

いよいよ本日で、多くの映画館が『20歳のソウル』の幕を閉じるそうです。訪れてくださった多くの皆様、ありがとうございました。まだ都内でも地方でも、月末まで上映を続けてくださる劇場さんがあります。引き続き、大義くんに会いに行ってください!

前回に引き続き、2017年の1月、大義くんの告別式当時の様子を細かく記したノートを掲載していきます。原作『20歳のソウル』に書かれている内容よりもかなり詳しく書かれたノートです。今日の内容は、あまりに生々しくセンシティブな内容です。本名は伏せてあります。大義くんのお母様と高橋先生の許可をいただいて掲載させていただいておりますが、読み返すと自分でも胸に突き上げるものがありました。

大義くんの物語が音楽のように永遠に伝わることを願って。

※※※

14日、ユナさんはすぐに会場となるゆいまき斎苑を訪れ、担当の木村さんと話をしました。その会場の広さを見て、楽器演奏は難しいと思ったそうです。木村さんもさすがに前代未聞のお願いにびっくりしたそうです。

「何名くらいで演奏するんですか」

「まだ分からないんですけど…百名くらいかも…」

「それは…難しいですね…」

「なんとかお願いします」

ユナさんは頭では無理と分かっていてもなんとかできないかと考えていました。皆からは次々に参加の連絡がきます。中心となるのは自分たち赤ジャ。しっかりしなければと自分を奮い立たせます。しかし、一人では限界があります。助けを求めるとかつての同期、先輩が当たり前のように集まってくれました。大人数なので、練習の段取りを細かく考えておく必要があります。集合場所、時間、集まったみんなをどうやって学校に入れるか。細かいところまで相談し、楽器係や譜面台係と担当をつくりました。

参加予定人数は百名を越えると見込まれました。

ユナさんたちは膨大な量の楽譜を学校でコピーし、準備しました。譜面用のファイルは部活を引退したての「真映たちの代」が貸してくれました。卒業生の中には自分の楽器を持っていない人もたくさんいます。現役の「未来たちの代」が嫌な顔ひとつせず、自分たちの使っていた楽器を貸してくれました。19日の午後7時に集合し、全体での合奏練習を午後8時に開始すると決めました。大義くんの同期、赤ジャのメンバーはほぼ全員が集まりました。

どうしても仕事や遠方などで行けなかった三人以外の二十七名です。参加者の中の一人、Kさんは美容師になっていました。19日の練習日と告別式の21日にお休みが欲しいと言いましたが、通常冠婚葬祭でのお休みは1日だけ。ましてや身内ではなく友達の葬儀と知ると、なかなかお休みをもらえませんでした。

「ただの友達ではないんです、市船の仲間は。家族なんです」

Kさんは二時間、熱心に店長に訴え、やっとお休みをもらうことができました。当時一歳の子供を両親に預けて参加したIさんは言います。

「友達ではないんです、私たちは。仲良しこよしの友達じゃない。他の人に大義のことを理解してもらえないのは、ただの友達だと思われてるから。でも私たちは、いろんなことを一緒に経験してきたから、その絆は友達ではないんです。その深さを理解してもらえない」

それぞれがそれぞれの場所で「大切な人」のために頭を下げ、自分の仕事を切り上げ、時間を割きました。どうしても来られなかった人たちも、ギリギリまで頑張っていた人も多くいたことでしょう。心は皆と共にあったに違いありません。告別式の演奏に、仕事でどうしても行くことができなかったAさんは、後悔と共に振り返ります。

「どうしても行けなかったんです。でも行きたかった。その後悔があるから、今、大義のためにできることは何でもやりたいんです」

そう言って、私の取材にも快く協力してくださいました。私は、その人の心に寄り添う行動や気持ちがこんなにも溢れていることに感動しました。ユナさんも高橋先生と同様に、「大義じゃなくても仲間なら集まった」という所以はここにあると思いました。それが大義くんが愛した『市船魂』なのです。

演奏の曲目は、どの代も一度は演奏したことがあるものを選びました。

「魔女の宅急便」

「星条旗よ永遠なれ」

「手紙」

「夜明け」

そして、出棺の時には、大義くんの「市船soul」。

楽器がどうしても手に入らなかった人や、もう長く扱っていないという人は、合唱のみで参加した人もいたそうです。19日の午後7時、約束通り皆学校に集まりました。参加者百人、という知らせを受けて木村さんは焦りました。「どうにか人数を減らせないか」と相談するつもりで、市船にやってきたそうです。が、来てみると集まった人数はさらに増えて140人。木村さんは内心「どうしよう」と思っていたといいます。

全員は一度、渡り廊下に集合しました。Nさんもその場にいました。大義くんと特に仲が良かったNさんに、何人もが「大丈夫か」と声をかけてくれたそうです。しかしNさんはずっと実感がなく、曖昧に「はい」と応えるだけでした。ユナさんは、集まってくれた面々を見ながらしっかりしないと、と思っていました。しかしその中には尊敬する先輩方もたくさんいます。全員が、ユナさんが話すのを待っていました。ユナさんは緊張で足が震えたといいます。

「皆さん忙しい中、来てくださってありがとうございます。久々に会う人も多くて、同窓会気分になっちゃうかもしれないけど、高橋先生の仰るように、それは違います。今日集まった目的は、大義のためです。大義の大好きな音楽で送り出したい。みんなも、そういう気持ちを持ってきてくれたと思うので、どういう練習にすればいいのか、自分たちで考えて行動してほしいです。練習が成功しなければ本番は成功しない。今日が絶対に重要です。少しでも無駄な時間があってはいけない。大義を最高の形で送り出したいです」

誰もが、ユナさんの言葉を真剣に聞いていました。「練習が成功しなければ本番も成功しない」とは素晴らしい言葉です。ユナさんはじめ、みんなの中には「ただ集まってやるだけでいい」という感情論は決してありませんでした。「良い演奏をする」「成功させる」という気持ちで臨んでいました。大義くんに、最高の音楽を届けたかったのです。みんなも同じ気持ちでいてくれたとユナさんは振り返ります。とても静かに練習に入りました。

傍でこの様子を見ていた木村さんは、「とても断れない」と思ったそうです。高橋先生と打ち合わせし、どういう配置にすれば全員が入り、段取りよくいけるか、式場の図面を広げていろいろとよく話し合いました。木村さんは「もう後にひけない、やってやる」と思っていたそうです。

午後8時。全員が音楽室に揃い、高橋先生が指揮台に立ちました。全員が、最初の音合わせのBの音を一斉に鳴らしました。その音を聴いた瞬間、高橋先生はこみ上げてくるものを我慢することができませんでした。目から大粒の涙が零れ落ちます。なかなか指揮棒を振ることができません。皆も堰を切ったように泣き始めました。こらえていたものが噴き出したようでした。しばらくの間、泣いて泣いて、ただ泣いていました。

Hさんは、泣いている皆の中で一人、自分だけがポツンとしていると感じました。涙が出ないのです。ただ、ぼんやりしているという感覚でした。それはNさんも同じでした。自分ひとりだけが感情をどこかに置き忘れてきているんじゃないかという錯覚を起こすほどに何も感じなかったというのです。

私は、この二人の話を聞いて、ぽっかりと開いた穴を想像しました。HさんとNさんにとっては「いて当たり前」のはずだった存在が、少し会わない間に、あっという間に消え去ってしまった。この喪失感が穴になり、感情が追い付かないのだろうか、と分析しました。

やっと落ち着いて、演奏の練習が始まりました。黙々と、皆で音を合わせていきました。数年のブランクはすぐに取り戻すことができました。全員の音が先生の指揮に集まり、音が重なってまとまっていきます。その日の練習は午後10時すぎまで続き、ユナさんたち幹部6人は終電間際まで打ち合わせをしました。

通夜の日。

訪れる弔問客の中に、Iさんの姿がありました。たった一人で夜に焼香に訪れたといいます。高校時代、いろんなことがあったけれど、同じように作曲をして音楽を勉強していた仲間だったからこそ、志半ばで…という思いがこみ上げました。12月の定期演奏会で大義くんがIさんに「(演奏会の)曲、作ったの?お疲れ。けっこう、やり直しさせられたんだって?」と笑いながら話しかけてきたことを思い出しました。その時は「お前、皮肉かよ」と思ったのですが、それもすべて過去のことになってしまいました。最後に病室を訪れた時、大義くんの枕元に楽典が置かれているのも思い出しました。大義くんは「暇だから」読んでいたらしいのですが、その内容はとても難しいものだそうです。それを彼は読んでいた…と思った時、「あの本、どこまで読めたのかな」という思いが胸に湧きました。最後まで読めなかったかもしれない。Iさんはただ無念さに立ち尽くしていたそうです。

Nさんも焼香に訪れました。

夜でしたから人もまばらになり、身内の方しかいませんでした。Nさんはお棺に近づき、大義くんの死に顔を眺めたそうです。最後の挨拶を、と思いましたがなんの言葉も浮かんできません。ただ、見慣れたはずの大義くんの顔をじっと眺めていました。頭が空っぽのまま、時だけが過ぎていきました。

2017年1月21日。告別式の朝。

午前7時に、木村さんは会場を開けました。この一週間、あまり寝ていませんでした。寝てもすぐに起きてしまったり。眠りが浅かったり。隣で眠っている妻に心配されるほどでした。演奏が成功するか、大人数をしっかりと仕切れるか。何より、大義くんの身体は保ってくれるか。しかしその日まで、大義くんはしっかり頑張ってくれました。きれいな死に顔のまま、祭壇の前に花々に囲まれて眠っていました。

午前8時。

ユナさんたち幹部が到着します。楽器のトラックが到着し、次々と楽器を会食室へと運びました。木村さんの配慮で市船生だけの献花が行われました。Sさんは大義くんの顔を見て「これは大義じゃない」と思えてしまったそうです。空っぽの殻にしか見えない。本当の大義はどこか別の場所にいるはず、と。

「告別式の朝、早く行って大義に対面して、触ってみたりしたけど、どう見ても大義に見えない。大義はここにいないと思いました。みんなに聞いてみたら、大義は一緒に演奏してるっていう人もいれば、見てたっていう人もいます。どちらにしても、あそこに横たわっていたのは、殻だと思った。この塊は何なんだろうと思っていました。だから、悲しみをどうやってぶつけたらいいのか分かりませんでした。でもみんな自然に泣いてしまった。そしてひたすら演奏をする。そうするしかなかった、この殻を送るために」

午前11時。葬儀が始まりました。

読経、弔電、喪主挨拶と続きます。市船生たちは会食室でじっと待機していました。最終的に、演奏のために集まった数は、164人となりました。ユナさんは、演奏が終わるまでは、とにかく踏ん張ろうと思っていました。自分は、この164人を束ねる立場にあるのです。泣いてはいけない、泣いてはいけないと心に言い聞かせて、木村さんはじめ式場のスタッフと連携して演奏の出番を待っていました。式は滞りなく進みました。

正午。告別式です。

一気に椅子が移動され、市船生たちは楽器を持って式場へ移動しました。余計なおしゃべりは一切ありません。厳かに列をなして進んでいきます。大義くんの棺は式場の真ん中に移動され、演奏会と同時に家族と親戚による献花が行われる段取りになっていました。

忠義さんの旧友が、ビデオカメラを回しました。大義くんの幼い頃から思い出を映像に残してきた彼は、大義くんの最後の瞬間も映像にとどめようと必死に回し続けました。しかし、こみ上げてくる涙と悲しみでカメラはぶれ、何度もやめようかと思いました。しかし最後まで撮り続けました。私が最初にみた映像は、この映像だったのです。普通は、葬儀を撮影することはありません。それが忠義さんの友情により、奇跡的に残されたのです。吹奏楽部164人の演奏も全てが撮影されました。

 

大義くんを囲むような形で全員が配置につきました。祭壇前に、高橋先生が立ちます。一斉に式場に鳴り響くBの音。ゆっくりと先生が指揮棒を振りました。一曲目は宮崎駿のアニメーション映画『魔女の宅急便』のテーマ曲です。何度も演奏した思い出の曲です。廊下にも弔問客が溢れ、じっと演奏を見守りました。先生も演奏する市船生も、泣いて演奏が止まってしまうことはありませんでした。頬を涙がつたっても、誰も手を止めませんでした。ひたすらに吹き続けました。Nさんは合唱で参加しました。壁際に立って、演奏するみんなを眺めていました。音がゆっくり流れているように感じました。もう終わるんだな、これで本当に終わるんだな、と思いました。やがて『手紙』の合唱が始まりました。静かにお棺の蓋が開けられます。大義くんのご家族、親族が献花をしました。

「今負けそうで泣きそうで消えてしまいそうな僕は」

何度も歌ってきたはずの歌詞が、みんなの心に突き刺さっていきます。棺にすがって泣き崩れる千鶴さんの姿がありました。愛来さんは棺に近づき、最後のお別れをしようと思いましたが何も言葉になりませんでした。ただ涙が後から後から零れ落ちました。

「大義の声が足りないと思いました」

Aさんが振り返ります。歌うことが大好きだった大義くんは、合唱の時間も大きな声で朗々と歌っていました。いつもすぐ傍で聞こえていたはずの大義くんの声だけが足りない。

「頭の中では聞こえるんです、でも大義はどこにもいない。変な感じでした」

棺の中の大義くんの胸には、「ユナたちの代」で作った市船のオリジナルタオルがかけてありました。大義くんの字で「市船吹奏楽部」と書かれてあるタオルです。ペンと新しい五線譜も入っていました。「これからも曲、書くんだね」と語りかけました。

 

いよいよ出棺の時となりました。

高橋先生が皆に大きな声を出します。「それでは元気に大義を送りたいと思います」皆は一斉に楽器を構えます。この悲しみに打ち勝ってちゃんとやろう、いい演奏をしよう。そんな姿勢でした。そして今この時を大切にしようという心も。

「大義が作った曲だ。いくぞー!」

疾走感のあるドラムの音とドンドンドンと響く大太鼓が高らかに打ち鳴らされました。

「大義、大義、大義!」

「攻めろ、守れ、決めろ、市船!」の掛け声の部分は高橋先生の提案で大義くんの名前を呼びました。力の限りみんなで呼びました。勇ましく闘いを鼓舞する応援曲は、泣いているように聞こえました。

『市船soul』の中、大義くんは静かに式場をあとにしました。桂子さんは何度も何度もみんなに頭を下げ、千鶴さんに身体を支えられて出ていきました。高橋先生は手を上げます。最後の和音が響き渡りました。「市船魂ここにあり!」の和音です。

 

愛来さんは、親族と共に火葬場へ同行しました。最後の最後まで大義くんを見届けようと思っていました。人数の関係で高橋先生と赤ジャとトロンボーンパートの人だけが階下に降り、大義くんを乗せた車を見送りました。

 

雲一つない晴天の真っ青な空の下、大義くんはみんなのもとを去っていきました。

 

 

 

※※※

 

ただいま、絶賛上映中「20歳のソウル」引き続き劇場でお待ちしております!

 

※中井由梨子が『20歳のソウル』を書くにあたり取材した記録です。当時の様子が鮮明に書かれています。取材ノートのため、『20歳のソウル』に登場する人物以外の実名は伏せてあります。

 

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