『20歳のソウル』Production Notes

2022.03.07
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皆さんこんにちは。

「20歳のソウル』でチーフ助監督を務めました、俳優の宮下涼太です。

 

 

2022年3月6日(日)晴れ

 

朝起きると、「20歳のソウル」の撮影初日と同じような青空が広がっていました。

 

 

テレビをつけると東京マラソンがやっていて

ゴール目指して一生懸命走っている選手の姿が、

公開日に向けて日々進んでいる僕らと少し重なりました。

 

 

今日は

「20歳のソウル」

プレミアム初号試写会の当日。

 

ご家族や高橋先生たちに「20歳のソウル」を初めてお披露目する大切な日。

 

試写会の会場となる東劇ビルへ。

 

 

今日の試写会はこの作品にとって、とても大切な方々へのお届けとなります。

試写会の会場に到着すると、日活の方々が既に準備をしてくださっていました。

 

 

素敵な「20歳のソウル」のポスターも飾られ、準備はばっちりです。

 

 

 

 

静かな試写室

 

 

その中に、秋山監督を発見

 

 

やはりとても大切な初号試写ということもあり、少し緊張した様子です。

 

 

 

ご家族と一緒に観てもらおうと、もちろん大義さんの席もご用意しました。

 

 

「大義くん、コーラ好きだから」

と、監督から大義さんへ差し入れです。

 

 

 

原作・脚本の中井さんも緊張した面持ちで準備を進めていました。

 

秋山組で一緒のメンバーも揃い

少し打ち合わせをしてから開場。

 

 

ここからは明日に続きます。

2022.03.06
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皆さん、こんにちは。

中井由梨子です。

 

 

 

明日は、初めて大義くんの記事が

朝日新聞に掲載されてから1799日目。

 

 

 

本日、2022年3月6日。映画『20歳のソウル』初号試写が行われます。

 

 

場所は築地、松竹本社にある東劇の試写室。

 

開館は1930年という伝統ある場所です。

 

 

 

 

 

やっと。

 

この世に映画として、産声を上げます。

 

 

 

 

大義さん。

大義さんのご家族。

高橋健一先生をはじめとした、市船吹奏楽部の先生方に見ていただく日。

 

 

 

お母様が朝日新聞の「声」欄に投書し、記事として取り上げられ、それを秋山監督が見て、私が取材に行きました。

それが2017年の4月。

 

ちょうど5年前のことです。

 

 

取材を続けながら、その年の11月、私は小説に先立って舞台『JASMINE~神様からのおくりもの~』を上演いたしました。

 

 

大義くん、恋人の愛来ちゃん、そして親友のヒロアキ。

たった三人の登場人物。

中野の小さな劇場での、ささやかな芝居。

 

 

まだ大義くんが亡くなって1年も経っていませんでした。

 

 

私たちは稽古場で、舞台で、大義くんの魂を感じ続けていました。

傍にいてくれている感覚がしていました。

 

会場には大義くんから贈られた青と白の花

 

 

客席に溢れた温かい涙。

 

 

 

 

そして翌年の2018年。

ついに小説という形で小学館さんから単行本が出版されます。

 

 

 

この小説を書くにあたり、一度も大義くんに会っていない私が書くには、あまりに高いハードルで、書くことを何度も躊躇しました。

 

お母様の目線で書くことも、私がやってはいけない気がしていました。

 

 

大義くんを知るたびに

 

「私が書いてはいけない」

 

そう思いました。

 

 

 

そんな私の背中を押してくださったのは、大義くんのお母さまの桂子さんの笑顔と、ご家族の温かさ、そして高橋健一先生と市船吹奏楽部の清々しい“市船魂”でした。

 

 

 

「中井の思う通りに書いてみろ」

 

高橋先生は、何度もそう言ってくださいました。

一章、一章、少しずつ進みました。

 

 

途中で「大義くん、もう分からないよ。助けて」そう言って投げ出したくなったこともあります。

 

 

けれどやめずに最後まで書ききることができたのは、皆さんの温かさがあったからです。

 

 

2021年1月26日。

 

秋山監督と私は

一本の電話を受けとりました。

 

幻冬舎の見城徹社長です。

 

(見城社長の755より)

 

「20歳のソウル」文庫版。

夢が目の前に現れた瞬間でした。

 

幻冬舎の皆様の誠意あるご尽力で、このお話からたった4ヶ月後の5月26日。

 

高橋健一先生の「後書き」をいただき、新しい姿で大義くんが世の中に出ていきました。

 

 

この文庫で、大義くんを知ってくださった方も数多くいらっしゃることでしょう。この本を愛して、日々お力添えをくださる幻冬舎の皆様に感謝は尽きません。

 

 

そしてコロナ旋風が吹き荒れていた2021年の春に、映画の撮影は敢行されました。奇跡的に、一度もコロナ感染者を出すことなく、予定から遅れることもなく、撮り漏れることもなく。

 

すべてのシーンを美しく、カメラに収めることができました。

大義くんと秋山組、そして市船をはじめご協力頂いたすべての皆さんの成せた神業でした。

 

 

舞台。

小学館さんからの単行本。

幻冬舎さんからの文庫本。

 

そして、今回ついに生まれる映画「20歳のソウル」。

 

すべての瞬間瞬間で手を差し伸べ、助けていただいた、たくさんの方々に心からの感謝を伝えたい。それがこの「映画」として伝えることができたなら。

 

 

 

本を出版してから、たくさんの方に言われました。

 

 

 

「どうして中井さんがこの話を書くことになったのですか?」

 

 

 

なんと言っていいのか分かりません。成り行き?巡り合わせ?

 

 

 

 

「船橋のご出身なんですか?」

 

「吹奏楽部だったんですか?」

 

 

どれも、違います。

 

 

 

本当に、どうして私が大義くんの話を書かせていただくことになったのでしょう。

 

なんのために私と大義くんが出会ったのか、今日、答えが分かる気がします。

 

 

 

 

 

映画を観た感想というものは、一人一人違うものです。

 

 

ですから「こう思ってほしい」という考えを押しつけることはできない。

 

けれど、確実に伝えたいことはあります。

 

 

今、なぜ大義君の物語を世の中に出さなければならないのか。

 

 

 

今日という、なんでもない一日を、生ききる。

 

 

それが一番尊いこと。

 

そして、一番幸せなこと。

 

 

神様の、命という贈り物なのだと。

 

 

 

全世界の皆様に、大義くんからのメッセージを伝えたい。

 

一人の人間が、その人生を精一杯生きること、生ききること、そしてそれを互いに支え合うことが「愛」なのだと。

 

 

 

 

当たり前の今日が、明日も続きますように。

 

 

 

平和な日々を心の底から祈りながら、新しい命が生まれる、今日の瞬間を待ちます。

 

大義くんの、もう一つの人生の始まりとなることを願うから。

 

そしてそれは、私たちすべての人間が、死んでなお続く魂を持っていることを、この映画は思い出させてくれるはずだから。

 

 

 

 

この映画に秋山監督が託した想いが、世界中に届くことを祈って。

 

 

 

「この映画は、希望の映画です」

2022.03.05
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20歳のソウル

監督の秋山です

 

いよいよ

3月6日に

20歳のソウル

初号試写会が開かれます

 

コロナ禍の中であり

人数が限定された中の開催

 

お集まりいただける皆様

開催にご尽力いただいた皆様

 

ありがとうございました

 

ついに

大義くんの生きた証が

スクリーンに流れます

 

 

 

 

 

大義くんの

ご家族の皆様や

 

高橋健一先生

 

そして

お世話になった

皆様に

見ていただける日が

 

すぐ目の前です

 

大義くん

お待たせしました

 

 

 

一緒に

映画を見てください

 

 

2022.03.04
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20歳のソウル

監督の秋山です

 

大義くんの

高校時代の友人

洋一を演じているのが

若林時英くん

 

市船吹奏楽部の

ユーフォニウム奏者として

神尾楓珠くん

佐野晶哉くん

前田航基くんと

仲良し四人組として

確かな存在感を示してくれました

 

 

初めて触れるという

ユーフォニウムの練習に

3ヶ月間

ヤマハのスタジオに通い

 

難しい楽器を

自分のものとした

ど根性男です

 

現場でも

よく話す機会があったのですが

 

若い頃(今も若いですが)

かなり

やんちゃだったそうで

 

雪駄を履いて大事なパーティーに行って

大目玉を食らった話など

なんだか

若い頃の自分を見ているようで…

 

時英くんが

お世話になった人として

高橋努くんの名前が出てきたり

(ドラマ、「陽はまた昇る」で、佐藤浩市さん演じる警察学校教官の下、チームをまとめる教場長の役で、僕もお世話になりました。面倒見がよくて、最高の男、俳優です)

 

不思議な縁を感じました

 

実は

人一倍真面目なところにも

会った時から気づいていました

 

自分の撮影が無い日でも

現場にやって来ては

録音部の戸部さんの後ろに座り

 

目立たないように注意して

佐藤浩市さんや

尾野真千子さんの芝居を見学

 

 

クランクアップのロケとなった

 

164人による

告別式での市船ソウル

演奏シーン

前日にも

 

ヤマハに通い

ユーフォニウムの稽古をしたそうです

 

 

時英くんの

日々の努力は

 

映画にきちんと

刻み込まれたと思います

 

 

おっちょこちょいで

優しくて

涙もろくて

熱い男

洋一は

 

時英くんにしか

演じられない

素敵な男でした

 

2022.03.03
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皆さんこんにちは!

「20歳のソウル」でチーフ助監督を務めました、俳優の宮下涼太です。

 

 

今日は、市船吹奏楽部が演奏した出前コンサートについてのお話をしたいと思います!

 

 

授業の一環として行われた出前コンサート

場所は船橋市立三咲小学校

浅野大義さんの母校です!

 

市船吹奏楽部の保護者の方が三咲小学校の先生だったこと

三咲小学校が大義さんの母校であったことなど

色々なご縁で実現した出前コンサート

 

よくよくお話を聞いてみると

高橋先生と校長先生も古くからの友人なんだとか!

ご縁というのはどこで繋がるかわからないものですね。

 

 

これは、是非我々もお伺いしたいと

秋山組のスタッフもお邪魔させていただきました!

 

 

閑静な住宅街にある三咲小学校

児童の皆さんはとても元気よく挨拶してくれます!

 

 

(写真:大義さんのご家族と中井さん)

 

 

出前コンサートを行う体育館に着くとステージ上にはこんなに大きくて素敵な看板が!

 

 

そしていつも我々が大変お世話になっている

市船吹奏楽部の保護者の皆さんにもお会いすることができました!

 

 

児童の皆さんが集まり、出前コンサートがスタート!

 

三咲小学校の大先輩である浅野大義さんが作曲した

『市船soul』も三咲小学校の皆さんに初お披露目されました!

 

 

出前コンサートでは楽器を使った演奏だけではなく

大迫力のヨサコイや

替え歌アレンジを取り入れた合唱など面白い楽曲が盛沢山!

 

学校の先生方や児童の皆さん笑顔で

市船吹奏楽部のコンサートをとても楽しんでいる様子でした!

 

 

また高橋先生が大義さんのお話をされている時も

皆さん真剣に耳を傾けていました。

 

授業の一環として、今回のような取り組みがされていることが

とても素敵だなと感じました。

 

 

 

最後、監督と中井さんから「20歳のソウル」のお話が終わると

三咲小学校の皆さんから花束のプレゼントが!

 

 

温かい雰囲気の中、幕を閉じた市船吹奏楽部の出前コンサート!

市船吹奏楽部のパフォーマンスを観て、吹奏楽ってこんなに楽しいアレンジができるんだと初めて知りました!

 

僕たち秋山組のメンバーも本当に素敵な時間を三咲小学校の皆さんと共有させてもらいました!

本当にありがとうございました。

 

 

本日もご覧いただき誠にありがとうございました!

2022.03.02
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皆さんこんにちは!

「20歳のソウル」でチーフ助監督を務めました、俳優の宮下涼太です!

 

 

今回はロケ地となった、音楽ホールについてお話しようと思います。

 

 

「20歳のソウル」において

コンクール・定期演奏会のシーンは、音楽ホールを使用しました。

 

これらのシーンは多くのエキストラの方々にご協力を頂いたシーンで

映画の見所の一つとなっています。

 

 

 

当初、コンクール・定期演奏会のシーンはいずれも、船橋市民文化ホールで撮影予定でした。

 

 

船橋市民文化ホールでのコンクールのシーンは当初の予定通り撮影が進み、とても素敵なシーンとなりました。

 

 

しかし、

コンクールのシーンは、船橋市民文化ホールで撮影が出来たものの

定期演奏会のシーンは

コンクールのシーンと同じ会場を使用することが懸念されたことや

コロナの状況などを考え日程の変更が必要でした。

 

なんとか予定撮影期間内にロケをするべく手を尽くしたところ

撮影期間と俳優のスケジュールが奇跡的に合致した一日がありました。

しかも場所は千葉県文化会館。

 

 

『千葉県文化会館は吹奏楽の聖地』

 

という言葉を高橋先生から伺っていた制作の松田さんは

なんとか成立させたいと考えました。

 

しかし撮影目前の調整となってしまいます。

監督に相談したところ、監督も松田さんと同じ思いをお持ちでした。

 

結果、

定期演奏会のシーンは千葉県文化会館で撮影することが決まりました。

 

しかし撮影の日は目の前で

コロナに最大の注意をしながら500人以上のエキストラを集めなくてはいけません。

 

市船吹奏楽部の保護者会の方々や関係者の皆様のご協力もあり、

約150人が集まって頂けることとなっていました。

しかし、まだ倍以上のエキストラが必要でした。

 

何とか撮影を成立させたい松田さんは

四方八方に手を尽くしたそうです。

 

そして

松田さんがお付き合いのあった『よさこい柏紅塾』の代表にお話ししたところ、

高橋先生ともご縁のある千葉よさこい連絡協議会

『CHIよREN北天魁(ちよれんほくてんかい)』の方々をご紹介いただきました。

 

松田さんが直接相談に行き

この映画にかけるみんなの想いをお伝えすると

「なんとかできることをします!」

とおっしゃってくださいました。

 

 

そして、千葉県文化会館の撮影当日

 

動画1(クリックして再生)

 

『CHIよREN北天魁』からは関係者の方々も含め、延べ250人以上の方々が参加してくださり

最終的には、計500人以上もの方々が集まってくださいました。

 

 

市船吹奏楽部関係者の方々、『CHIよREN北天魁』の方々、

たくさんの方々のご協力のおかげで

定期演奏会のシーンも本当に壮大なシーンとなりました。

本当にありがとうございました。

 

 

 

 

たくさんの想いが詰まった音楽ホールのシーン、

是非ご注目ください!

 

本日もご覧いただき誠にありがとうございました!

2022.03.01
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こんにちは!中井由梨子です。

 

 

今日は市立船橋高校の現役生として映画の撮影に参加しながら、なんと大抜擢で「ユースケ」役を演じることになった小島樹(こじま いつき)さんについてお話したいと思います。

 

 

 

 

当時、樹さんは吹奏楽部の3年生。

 

撮影準備のために高橋先生と打ち合わせをしている時に、大義くん役の神尾楓珠さんの、トロンボーンやピアノ演奏の時の手の吹き替え役を探している、というお話をした時です。

 

 

この頃、監督は吹き替えではなく、手元も含め、実際の神尾さんにすべて演じていただきたいと希望し、神尾さんも猛練習中でしたが、万が一の場合のことも考え、どなたかいらっしゃらないかと探していました。

(これが神尾さんの努力の成果ですべて徒労に終わったことは、すでに監督のプロダクションノートで語られています)

 

 

その時、お名前が挙がったのが小島さんでした。

 

トロンボーン奏者でピアノもできます。

たぶん、手も大義によく似ている、とのこと。

 

動画1(クリックして再生)

 

私たちはその後、コロナで延期になっていた定期演奏会の練習を見学させていただき、小島さんの姿を発見しました。

 

 

 

 

確かに、大義くんや神尾さんと似た体形をされていました。

 

実際にお話ししてみると、穏やかな口調の中でもしっかりした受け答え。

さすが吹部の3年生!といった印象でした。

 

 

 

同じ頃、私たちは台本に登場する「ユースケ」役を演じられる俳優さんを探していました。

 

 

「ユースケ」は、原作にも登場する、大義くんが弟のように親しくしていた市船吹部の後輩で、実在のNさんの取材を通して描かせていただいた人物です。

映画では、大義くんが卒業後に出会う後輩として描いていますが、とても重要なシーンで登場し、私の中ではかなり思い入れがある役でした。

 

 

キャスティングでは、いろんな俳優さんのお名前が上がりましたが、不思議とどの方ともご縁が合わず、難航していました。

 

 

 

そんな時、トロンボーンを練習している小島さんの姿を見ながら、監督がふと仰いました。

 

 

 

「彼はどう?」

 

 

 

たしかに!

 

 

私の思い描いていた「ユースケ」にイメージがぴったりです!

 

しかし、演技経験のない彼に、この役を引き受けてもらえるか、ちょっと不安でした。

 

 

高橋先生にご相談すると、先生らしく豪快に笑って「そりゃすげえな!」と驚いてから「本人に聞いてみますのでお待ちください」と仰いました。

 

そして、待つこと5分ほど。

 

 

「OKらしいです!!」

 

 

と、高橋先生もびっくりした様子でお返事をくださいました。

 

 

「なんと二つ返事!」

 

 

 

なんの迷いもなく「やります」と引き受けてくださった小島さんに、私は大物感を感じずにはいられませんでした(笑)

 

こうして、現役の市船吹奏楽部生から「ユースケ」が生まれることになったのです。

 

 

撮影は、小島さんが卒業して大学生になった4月に行われましたが、もう一度市船ジャージを身にまとい、神尾さんと1対1の真剣芝居を演じてくださいました。

 

 

 

そのシーンは、私の大好きなシーンの一つです。

 

ぜひ、ご覧いただきたいです。

 

 

神尾さんと小島さんの深いつながりは、実はもう一つあるのですが、それはまた今度、じっくり語ることにします!

2022.02.28
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皆さんこんにちは

20歳のソウル監督の秋山です

 

 

まだ

コロナという

言葉も知らなかった

 

2019年11月

 

高橋健一先生にお願いして

市立船橋高校の見学に

お伺いしました

 

廊下や

大義くん在籍当時の部室

 

 

卵パックが貼られた音楽室

 

 

 

音楽室から見えるグランド

 

 

映画

20歳のソウルでも

 

この場所で

ロケをさせていただきました

 

 

大義くんが

高校時代を過ごした

市船の空気感が

そのまま今に繋がっています

 

リアルな場所でのロケに

許可をいただき

市船の皆様には

感謝しかないです

 

ありがとうございました

 

旧音楽部部室を見学したあと

みやしーも以前に書いていましたが

新設された

第三体育館を見学しました

 

ここが高校の施設?

びっくりするほど

広くて近代的な建物です

 

そこで

初めて

市船吹奏楽部の演奏する「市船ソウル」を

生で聞かせていただいたのですが

 

迫力がすごかった

 

 

そして

市船ソウルなら

いつでも演奏出来ますと

高橋健一先生もおっしゃっていましたが

皆さんの

市船ソウル愛が

すごかった

 

圧倒的演奏でした

 

動画1(クリックして再生)

 

その際に

フルートを吹いていたのが

佐藤美咲さんでした

 

 

フルートの腕前もさることながら

キャプテンとしての

存在感が群を抜いていました

 

我々が

高橋健一先生の部屋で

打ち合わせをしていた時

 

「失礼します」と

部屋に入って来て

美咲さんが

先生から指示を受ける姿が

堂々としていて

頼もしかった

 

そして

凛とした姿が

美しかった

 

その時思ったのです

 

映画

20歳のソウル

吹奏楽部キャプテンは

 

リアルな吹奏楽部キャプテンである

佐藤美咲さんに

演じて欲しい

 

その直感は

正しかったと思います

 

2年後

20歳のソウル撮影の時

第二の監督として

現場を仕切ってくれたのは

佐藤美咲さんだったからです

 

 

この時の出会いがなかったら

リアルな吹奏楽部の空気感は

出せなかったに

違いありません

 

 

佐藤美咲さんのことは

みやしーのインタビューを交えて

また

詳しく書きたいと思います

2022.02.27
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「こんにちは~、大義の母です。遠いところすみません」

 

 

まるで大義くんの同級生を迎え入れるかのような気さくな笑顔で浅野さんは出迎えてくださいました。

その満面の微笑みに、映像で見た大義くんの笑顔が重なりました。

 

浅野さんは小柄で物腰も柔らかで、よく笑う方でした。

少なくとも私が想像していた悲しみにくれる母親像とは全く違います。

私は一気に緊張が溶けていくのを感じました。

 

大義くんを幼馴染のように思ったのと同様、浅野さんのことも昔から知っているような安心感を感じたのです。

 

私は浅野さんの先導で、お家にお邪魔させていただきました。その時には、雨はすでに止んでいました。

 

忠義さんのお家は広い日本家屋でした。和式の居間に大きな仏壇と、壁一面に大義くんの写真が飾ってありました。

仏壇の前には大義くんの似顔絵の周りにびっしりと書かれた寄せ書きがあります。

大義くんの写真は、大義くんが赤ちゃんのころ、子供のころ、高校時代までたくさん飾られていました。

 

私はお菓子とお花をお供えし、大義くんのお位牌の前で手を合わせました。

心の中で

 

「やっと会えましたね、ここまで招いてくれてありがとう。どうぞよろしくお願いします」

 

と話しかけました。

その時、お家には大義くんのおじいちゃん、おばあちゃんもいらっしゃって

お二人も浅野さんと同様、とてもにこやかに出迎えてくださいました。

 

仏壇のある和室から地続きでテラスがあり、そこに椅子とテーブルがありました。

その椅子に座らせていただき、浅野さんと、忠義さんと向かい合いました。

浅野さんは終始ニコニコと話しています。

 

「お線香あげてくださってありがとうございます」

 

と仰ったので

 

「いえ、こちらこそ」

と深く頭を下げました。

 

予想していたよりもずっと暖かく優しく迎え入れてくださったことに私はリラックスして、大義くんを初めて知った時のこと、高橋先生を三度訪問させていただいたことなどをお話しました。

 

そして、よろしければ大義くんについてお話を伺いたいとも申し上げました。

 

浅野さんは終始頷きながら私の話を聞いてくださっていました。

 

 

 

「高橋先生から、とても熱意のある方なのでぜひ、とご連絡をいただいておりますから大丈夫です。高橋先生が良いと仰る方でしたらこちらは何も不都合はありませんので」

 

 

 

と仰いました。先立ってお話をしておいてくださった先生に感謝すると共に、浅野さんと先生との信頼関係の深さを改めて感じました。

 

 

 

※※※

 

 

今思えば、懐かしいですが、こうやって取材ノートを思い返すと、本当に感慨深くなります。

5年たっても今も変わらないのは、桂子さんの明るい笑顔です。

 

 

 

その笑顔に支えられて、ここまでくることができました。

 

 

この『取材ノート』はこれからも少しずつ公開していきたいと思います。

 

 

 

 

2022.02.26
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こんにちは、中井由梨子です。

 

先日2月14日のDCPチェックが終わり、3月。いよいよ初号試写が行われます。

大義くんのご家族に、映画『20歳のソウル』をお届けできます。

 

 

 

 

取材を始めて5年。

いろんなことがありました。

 

私にとって今、大義くんのご家族はかけがえのない方々です。

特に、お母さまの桂子さんとの関係性は、「取材させていただいている」ということだけでは括れない、あまりに深い関係を築かせていただいたと思っています。

 

 

今日は、私の『取材ノート』から、桂子さんと初めてお会いした日のことを抜粋したいと思います。

 

 

※※※

 

朝から雨が降っていました。しかもシトシトではなくドッサリと降っています。

私は玄関でレインブーツを履き、身なりをチェックしました。少し灰色がかった青いワンピースと紺のスプリングコート。

失礼がないようにと、何度も検討してコーディネートした服装です。

前日に自由が丘の人気パティセリ―で購入したお菓子の詰め合わせには、白いリボンをかけてもらいました。

駅前の花屋でお花を買って行こうと思いながら玄関の戸を開けます。青と白を基調にした花束がいいかも。

 

告別式の祭壇の色が素敵だったから…。

 

そんなことを考えながら緊張をほぐそうとします。しかし、高鳴る鼓動は抑えきれません。お会いしたらまずは何を切り出したらいいのだろう、どんな風に自分を説明したらいいのだろうと、高橋先生に初めてお会いした時よりも数倍の緊張を抱えて私は電車に乗り込みました。

 

五月二十六日。

初めて大義くんのお母さん、浅野桂子さんにお会いする日。

 

この前の週、五月二十一日の午後二時ごろ、私は勇気を出して先生から教えていただいていた浅野さんの電話番号を押しました。三回ほどコール音が鳴り、浅野さんが電話を取りました。高橋先生の時にはメールだったので文章を何度も再考できましたが、いきなり電話でお話せねばならないので私は上がってしまって物凄く高い声で喋っていた気がします。

 

「こんにちは、あの、私、中井と申しまして…」

「ああ、はい。高橋先生から伺ってます」

こちらの予想にまったく反して、浅野さんの声は明るく優し気でした。

「大義の祖父の家にいらしてください。仏壇もありますから」

と、仰ってくださいました。

 

大義くんにお線香をあげられると分かり、私はすっかり嬉しくなりました。

やっとご本人に挨拶ができる、と思ったのです。

浅野さんのご対応はなんともスマートで私は少し面食らいました。

考えてみれば、私の前に朝日新聞の記者の方が取材をしているので、そういった対応には慣れていらっしゃっるのかなとも思いました。

 

大義くんの実家と祖父の忠義さんのお家がある二和向台の駅までは、四度ほど乗り換えます。

茅場町から西船橋へ、西船橋から北習志野へ、北習志野から新京成電鉄に乗り換えて五駅です。

私の自宅の最寄りの駅からは一時間五十分ほどの道のり。ちょっとした旅行気分です。

 

しかし、この日の私は旅行などと気楽なことは言えず、じっと身じろぎもできずに電車の椅子に腰かけて手にした花束を見つめていました。

きちんとお約束をしていただいているのだから、門前払いということはないと思いましたが、もし私の来訪でご家族がお心を痛めるようなことになったらどうしようと不安でした。

 

私はこれまで(とても幸運なことに)近しい人を亡くした経験がほとんどありませんでした。ですから、もしかしたらお心に沿えないような無神経な言葉を発してしまうかもしれない。こちらに悪気はなくても、そうなってしまったら取り返しようがない…。そんなことばかり考えていました。

 

そもそも、大義くんのことが朝日新聞に取り上げられたきっかけは、浅野さんが、朝日新聞の投書欄『声』に告別式での市船生たちの演奏のことを投書したことがきっかけでした。

その投書の目的は、大義くんのことというよりも市船について、そして部活の素晴らしさについて世の中に知ってほしいというお気持ちだったように思いました。

 

後に、この記事を書いた時のことを浅野さんご自身にお伺いすると

 

「書き終わって見直してから、やはり送ろうかどうしようかと迷った時に、ふっと指が勝手に送信ボタンを押していた」

と仰いました。

 

浅野さんはそれを

 

「大義の仕業かな」

と笑っていらっしゃいました。

 

その浅野さんの記事を一部掲載させていただきます。

 

 

***

 

 

「同級生、先輩、後輩、その数160名以上。皆それぞれの生活や仕事の都合をつけて集まってくれた。ただ一人のために。一度のために。同じ気持ちで演奏し、合唱してくれた。魂が奏でる音楽の中、息子を送り出すことができた。(中略)部活動を巡ってはさまざまな意見があるが、息子にとっては間違いなく部活をやっていて良かった。この先生の下で本当に良かった。      (平成二十九年一月二十六日朝日新聞投書欄『声』より)」

 

 

***

 

 

二和向台の駅は、改札を出るとすぐ右手に踏み切りがありました。

浅野さんが「駅から歩いて一分ほど」と仰っていたのを思い出しながら踏切を渡り、電話をかけました。

詳しい場所を伺うつもりでした。

 

すると行く手に電話をかけながら立っておられる女性がいます。

私は慌てて電話を切って駆け寄りました。

 

「こんにちは~、大義の母です。遠いところすみません」

 

 

 

明日に続きます。

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